死花-第4話-③
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
家に帰ると明かりがついていて、当たり前のように絢音が出迎えてくれる。
その事実が嬉しくて、藤次はマフラーの隙間からクスリと笑う。
「すまんのぅ。遅なってもうた…」
「ううん。編み物してたから、全然時間、気にならなかった。」
言って、コートを藤次から受け取り、2人は居間へと向かう。
「編み物て…前に採寸した、セーターか?」
「うん。クリスマスまでに、間に合えば良いんだけど…」
言って、絢音はこたつになったちゃぶ台の脇に置かれた、編みかけのセーターを見やる。
付き合って最初のクリスマスは色々忙しくて、有体なブランドの手袋をプレゼントしたが、時間にも心にもゆとりができたため、密かな特技である編み物で今年は何かプレゼントしたくて、思い切ってセーターに挑戦している訳だが、マフラーや手袋と違って難しく、日々試行錯誤を繰り返している。
「楽しみやなぁ…どんなん出来るんやろ。な。ちょお、見せて?」
「駄目よ。クリスマスまで、待ってて?」
「そやし、ワシ…我慢すんの苦手やねん。…なあ、ちょっとだけ…」
「駄目です。プレゼントなんだから…楽しみが減っちゃうでしょ?」
「ちぇー」
口を尖らせ拗ねる藤次に苦笑しながら、絢音はそっと耳打ちする。
「色はね、黒色。お仕事にも着て行けるようなやつ。」
「せやったら、仕事中も、一緒におれるな?」
「うん。私も、一緒にいたい。」
そう言って見つめ合い、自然と、唇が重なり合う。
「…せや…これ、お土産。」
思い出したように、手にしていたケーキ箱も差し出すと、嬉しいような困ったような顔をする絢音。
「そんな…いつもいいのに…太っちゃう。」
「ええやん。2人で太ったら。ワシかて、誰かさんの美味い飯のせいで、5キロ太ったんやで?」
いつもおおきにと言って、藤次は弁当箱の入った鞄を渡す。
「今日、飯は?」
「唐揚げとかき卵汁と小松菜のお浸しとお漬物。」
「アカンなぁ〜。また太ってまう。」
困ったのぅと笑いながら着替える藤次を一瞥して、絢音はコートをハンガーに掛けて鞄を開き、空の弁当箱を取り出すと、その下にそっと隠された…可愛いラッピングの施された長方形の箱を見つける。
「(これ…)」
「どないした?」
「ううん!別に!ご飯にしましょ?」
言って、鞄に蓋をして、見てないフリを決め込む。
「(クリスマスプレゼント…用意してくれてるんだ…)」
鞄の中の包みが自分への物だと不思議と思えて、隣でご飯を掻き込む藤次の横顔を見つめていると、胸の中が幸せで満たされて、自然と笑みが溢れる。
「なんやどないしてん。ニヤニヤして…」
「ううん別に!……あ。」
「ん?」
ちょんと、絢音は藤次の頬に付いたご飯粒を取り、口へと運ぶ。
「藤次さん…お弁当つけ過ぎ。もっとゆっくり食べないと、身体に毒よ?」
「し、仕方ないやん。美味いんやもん…」
照れ臭そうに口籠る藤次が可愛くて、食事中なのも忘れて、絢音は彼の頬にキスをする。
「…幸せ過ぎて…ワシ、怖いわ…」
食器を置いて、彼女の肩に手を回して抱き締める藤次の口から出た言葉に、絢音はクスリと笑う。
「私も…怖い…」
自分は今、どうしょうもないくらい、幸せに満ち足りてる。
それはきっと、藤次も同じはず。
けど、心の中にある…小さな痼り。
「ベット…早ようダブルにせんとな。」
「うん。いつまでも藤次さんを、床で寝させるわけにはいかないもの…」
「かまへんよ。ワシは布団さえあれば、どこでも寝れるし。」
「でも、寒くない?」
「まあ、ちょっとな…」
風呂を終えて2階に上がり、就寝の準備をする2人。
毛布を重ねて暖を取る藤次を見ているうちに、自然と、言葉が口をつく。
「じゃあ、こっち…来る?」
その言葉に、藤次は瞬く。
「せやけど、そのベッドシングルやし、2人やと狭いやろ?」
「でも…。それに…」
「ん?」
不思議そうに自分を見つめる藤次。
思い出すのは、あの夏の夜。
けど、今度は…大丈夫…
そう言い聞かせて、生唾を飲み込み、口を開く。
「………したい。って、思って…」
女の自分からこんな事を口にするのははしたないと思いつつも、勇気を出して伝えると、藤次の手がゆっくりと自分に伸びてきたので、絢音は瞼をギュッと閉じる。
「………ん。」
軽い、触れるだけのキスでそっと離れると、藤次は優しく、絢音の頭を撫でる。
「おやすみ。」
「………うん。お休みなさい…」
イエスともノーとも言わず、でも、確かに拒絶され、絢音の心はギシリと軋む。
そしてなにより、絢音は藤次に聞きたいことがあった。
「…………ん…」
深夜。不意に起き上がる藤次の気配で、絢音は目覚める。
「(まただ…)」
キュッと、布団を握る手に力がこもる。
3日に一度くらいの頻度で、自分が寝静まった後、藤次が出かけている事を知ったのは、つい最近。
朝になると、布団の中で何事もなかったかのように寝ているので、留守の時間は分からないが、確かに深夜、自分の目を盗んで、何処かに行っている。
明らかな隠し事…
知りたい。
けど…今の幸せを失うのが、怖い…
「藤次さん……」
独りになった暗闇でポツリと名を呼び、絢音は静かに、枕を涙で濡らした…
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