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小説:人災派遣のフレイムアップ

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魔術師、サイボーグ、武道家、吸血鬼。現代の異能力者達は、企業の傭兵『派遣社員』として生活のために今日も戦う!
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2020年7月の記事一覧

EX2話:『星を見る犬』13【完】

 室内を吹き荒れていた風は、いつの間にかその勢いを弱めていた。全身を押さえつけるかのような風圧の塊がなくなり、ようやくサブロウは身体を動かすことが出来た。 「ばはぁ――――っ!!はあっ!はあっ!はあっ!」  犬神乾史はカーペットに膝をつき、肺機能を全開にして換気を行っている。極限の集中を要求されている間は、ほとんど呼吸すらする暇はなかったのだった。その隣で倒れている『魔犬』も、起き上がる気配はない。 「アニキ、アニキ大丈夫っすか!?」 「……よお……」  干上がった

EX2話:『星を見る犬』12

 先攻は『魔犬』。躾の悪い捨て犬に打擲をくれんと一気呵成に襲いかかる。  交錯→閃光/回避/閃光/轟打/回避→回避。  唸りを上げる拳、分厚い風の塊をえぐりとる領域から磁石が反発するように跳び退る乾史=無傷。まだ終わらない。  追撃→逃亡など許さず。反転/突進する乾史。その脇をすり抜け後方へ疾走。仕切り直す両者、互いに被害無し。 「……先日より明らかに動きが速い」  向き直る『魔犬』、表情に浮かぶ感嘆。 「認めたくはないが。……どうやら、単純なスピードで言えば私よ

EX2話:『星を見る犬』11

 この一週間の天候を総括するなら、崩れていく一方だったと言えよう。  穏やかな花風はいつしか湿った風となり、北からの低気圧を導き入れてしまった。ここ数日曇りがちな日々が続いていたが、その日の東京の空は特に厚い黒雲に覆われていた。  ビルの隙間をいくつもの強風が束となり、唸りを上げながら走り抜けてゆく。  ホテル・グラジオラスは、この巨大な歓楽街の中央に位置する駅と半ば融合するように建てられていた。  下層の階には駅の利用者をターゲットにしたデパートや専門店。中層には、

EX2話:『星を見る犬』10

 ―――誰かが嗤っている。  演技や挑発じゃない。それは、ある意味では純粋な、ただの悪意だった。  田舎の学校の古い教室。取り囲む同じクラスの連中。級友、と思えたことは一度もなかった。  ああ。オレはまたここに戻ってきちまったんだな。  そんなことを思った。こいつらを殴ったのも。それからあの街の路地裏で暮らしてたのも。きっと夢だったんだろう。  いいさ。いつもみたいに好きにすりゃいい。もう慣れたよ。  気がつけば、連中の姿はいつのまにか、手足の長い一人の男に変わっ

EX2話:『星を見る犬』09

 左のこめかみが、ずきずきと疼く。震える己の膝に力を入れて拳を構える乾史は、だが深刻な自問をせざるを得なかった。 (……オレは、今何をされたんだ?)  本当に綺麗に決まった一撃は、被害者当人には認識できないことがままある。乾史はこれほど派手に叩きつけられてなお、『魔犬』とやらに何をされたのか理解出来ていなかった。殴られた、のか。オレは殴られたのか。  ドウシタ、ナグリカエシテミロヨ、マケイヌケンシ   淵から浮かび上がりそうになる記憶―――両の拳を掲げ、つまらない追憶

EX2話:『星を見る犬』08

 その日は土曜日だった。  あいにくと空は雲に覆われていたが、春の陽気は充分に辺りを暖め、街行く人々の顔も心なしかのんびりとしているようだ。  夜になればどこからともなく怪しげな人々が集まってくるこの街も、昼はごくごく普通の繁華街の顔を見せている。  休日と言うこともあり、喫茶店はオープンテラスを展開し、アイスクリームやクレープの移動店舗が陽気な音楽と甘い匂いをあたりに振りまく。ストリートミュージシャンや大道芸人が鍛えた一芸を披露する間を、何人もの親子連れやカップルが流

EX2話:『星を見る犬』07

 それから、二人の奇妙な共同生活が始まった。  午前から昼にかけては朱の店の配達と皿洗いを手伝い、夜は妖艶な少女サラに化けての美人局の真似事。そしてそれらを乾史がボディーガードする。  実際のところ、乾史の仕事というものはほとんどなかった。そしてそれは、二人としてもありがたいことだった。すなわちそれは、『狂犬』乾史の名が、他のチンピラ達に恐れられているなによりの証だからだ。  『狂犬』がサブロウに肩入れした。  その情報は裏通りにさざ波のように広まり、サブロウは今まで

EX2話:『星を見る犬』06

 結局、昼の配達が終わった後、ランチタイム後の皿洗い、夕方の仕込みまでサブロウは手伝っていた。  乾史はと言えば、やることもないので近くのゲームセンターで古くさいシューティングゲームや、対戦格闘ゲームをやって時間を潰していた。  ゲームをしている時は、乾史も年相応の中学生に見える。適当なところで切り上げた後、朱の店の裏口近くの地面に座り込んで、漠然と空を見ていた。建物で矩形に切り取られた、少しくすんだ青色の空。  ……もともと、行く学校もなければ帰る家もない。 「男を

EX2話:『星を見る犬』05

 この歓楽街には、仕事を求めて、あるいは野望を抱えて様々な国から人が流れ込んでくる。  国際都市ならばどこでもそうだが、異国で裏社会に片足を突っ込んで暮らす彼らは、自然と互いに助け合うようになる。  彼らは出身地ごとに縄張りを作り、困ったときには言葉のわかる先達が面倒を見、あるいはその恩返しにと協力する。良く言えば地域社会に根ざすということだし、悪く言えば、徒党を組むということだ。  二人がたどり着いたのは、この街の裏通りの一つ、台湾系の人々が多く住む通りだった。一階に

EX2話:『星を見る犬』04

 結論から言えば、乾史が空きっ腹であるという条件を除外しても、朝飯は十二分に美味かった。ジャンクフードで食いつないできた乾史にとって、まっとうなメシなど食べるのは果たして何日ぶりだっただろうか。  炊きたての湯気立つご飯に存分に海苔の佃煮をのせ、一気にかき込む。熱いご飯とやや冷たい佃煮の甘みが絶妙な調和を引き出し、脳にダイレクトに旨味成分を叩き込んでくれる。 「たしかに、うん、これはウマい、んだが、それは、それとしてだな、聞きてえことがある、と、おかわりいいか?」 「ど

EX2話:『星を見る犬』03

 ―――誰かが嗤っている。  演技や挑発じゃない。それは、ある意味では純粋な、ただの悪意だった。  四方から嗤いの雨が降り注ぐ中。彼はじっと俯いていた。周りはそれを、彼が屈辱に打ち震えているのだと思っていた。確かにそうでもある。だが、理由はそれだけではなかった。  掌の中には、銀色の金属。  鈍く輝くそれは、綺麗な円を描いている。  初めて見るものじゃない。それどころか、しょっちゅうそれを使ってきた。自動販売機でジュースを買うときもそうだし、週に一度、スーパーマーケ

EX2話:『星を見る犬』02

 裏通りに引っ張り込まれる。  声をかけてきたのは、二人組の少年だった。とは言え、少年と呼ぶのはいささかためらわれる。恐らく歳は十八、九。染めた髪にピアス、派手さを装っているのにだらしなさばかりを印象づけられる衣服、卑屈さと狡猾さとが混じった目線は純真さからはほど遠い。  ありていに言えば、繁華街なら世界中のどの街にもいる、路上を縄張りとするチンピラの類だった。 「……ばんわス、宇都木さん、蟹江さん」  先ほどまで少女の姿でサラと名乗り、今またサブロウと呼びかけられた

EX2話:『星を見る犬』01

犬(いぬ) 【名詞】 1.食肉目イヌ科の哺乳類。オオカミを家畜化した動物と考えられている。   よく人になれ、番用・愛玩用・狩猟用・警察用・労役用などとして広く飼育される。    品種が多く、大きさ・色・形などもさまざまである。 2.(比喩的に)まわし者。スパイ。    「警察の―」   【接頭】名詞に付く。 1.卑しめ軽んじて、価値の劣る意を表す。  「―侍」 2.似て非なるものの意を表す。  「―山椒」「―蓼(たで)」 3.役に立たないもの、むだで

EX1話:『企業戦士 東野』13【完】

 『師走』の文字通り、まさに12月を走りぬけ、短い正月が過ぎて松が取れると、熾烈を極めたゲンキョウの社内にも僅かなりとも落ち着きが戻ってきた。  まったく大変だった。『カペラ』は確かに自信作だったが、ユーザーの反響は予想以上に大きく、ゲンキョウは全社を挙げて、生産とサポートに追いまくられた。  亜紀を含めた開発チームもユーザーサポートに追いまくられ、殆ど他の事を考える暇も無かった。亜紀にとっては、それは少し救いでもあったのだが。  年が明けてもまだまだ戦いは続く。若者