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小説:人災派遣のフレイムアップ

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魔術師、サイボーグ、武道家、吸血鬼。現代の異能力者達は、企業の傭兵『派遣社員』として生活のために今日も戦う!
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小説:人災派遣のフレイムアップ

 貧乏大学生、亘理陽司は生活のため派遣会社で日々労働中。  『人材派遣』、それは必要なところに必要な人材を派遣するシステム。  ある時はフィギュアの金型の奪還のためサイボーグと戦い、ある時は人気漫画の生原稿を巡って高速道路でバトル、ある時は保険金の支払いのため山中で幽霊と会話。  『派遣社員』、それは異能力者に社会が用意した受け皿。  生活のため、己の力を駆使して任務に挑む! 1話:副都心スニーカー 新作フィギュアの金型が盗まれた。犯人は強引なマーケティングや著作権

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』12

「う……う……げほっ、げほげほっ」  咳き込む山本某が飲み込んだ水を吐き出すのを手伝ってやる。あまり積極的に人命救助の理念を掲げるつもりにはなれず、背中をどつくような強さになってしまったのはまあ客観的に見て許容範囲だろう。 「やれやれまったく、悪運だけは強いヤツだな」  窒息からなんとか回復し、意識もおぼつかない山本某を、持っていた結束バンドで後ろ手に親指を縛り上げて蹴転がす。必要事項は太平洋電力に連絡したので、直に警察が来るだろう。 「ねぇ陽司、いったい何が起こった

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』11

 水流に攫われた拍子に海水を吸い込み、むせることによって更に海水を飲む。肺に水が入ると、呼吸が乱れる。苦しみもがけば、さらに水が。悪循環に陥れば、溺れるまではあっというまだ。  ガラスの向こうは静かな世界  (……海は……。いつも美しいな……)  水流に流される。  アクリルの破片、水族館の設備。そういったものがたちまち遠ざかり……。  今、海の中にいる。  降り注ぐ、光の帯  (……爆弾も……解除……)  水族館の崩壊も、地上部の原子力発電所には影響はないはずだ。

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』10

『”シャチについて”  ――恐ろしいハンターというイメージのあるシャチですが、決して凶暴な動物というわけではありません。  人間に対して危害を加えることはなく、こちらに近寄ってくる時は、好奇心であることが多いでしょう。  以上で、シャチの解説を終了します。皆さんも、シャチを怖がらず、ぜひふれあってみて下さい』 「――その通りだ」  『白シャチ』は大きくため息をついた。  先程まで冷徹なまでに場を支配していた圧が消えると、そこには年齢相応の、優秀だが仕事にやや疲れた若

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』09

『”シャチについて”――続き。  世界中の海に棲息するシャチですが、実はその中には『民族』が存在しています。    世界中のシャチが、大きく分けて3グループのいずれかに所属しており、グループによって食べるもの、住む場所、狩りの方法すらも異なっています。群れを作るシャチですが、シャチ同士が必ずしも仲がいいというわけではないのです。    解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』  再びホールの一番奥、従業員通路への扉へ。 「おーっとそこまでだ。両手を挙げてそこ

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』08

『”シャチについて”――続き。  また、シャチは『コール』と呼ばれる音も出すことが出来ます。  シャチは数頭から数十頭で群れを作って生活するのですが、群れの中ではこの『コール』によって会話をしていると考えられています。  群れの中では無数のコールが常に飛び交っており、シャチというのは怖いイメージに反し、意外と話し好きな生き物なのです。  解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』  ……最初は高校生の時。駅前広場のデモ参加だったな。  地元の海岸を埋め立てて

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』07

『”シャチについて”――続き。  シャチは『クリック』と呼ばれる音を出すことが出来ます。  水中でこの音波を飛ばし、その反射を感じ取ることで、周囲の情報を検知します。シャチは優秀なセンサーを持っているのです。  解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』  最初に依頼人から渡された任務概要、交渉材料。  いずれも当てにならないときたものだ。  従来とはまた違った角度の無茶振りに、おれは頭をかきむしる。  おれ達が関わる仕事では、事前情報の収集は極めて重要

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』06

「……わたし……いき……てる……?」  それは海で起こった、小さな奇跡。  だけど、私の人生を変えた奇跡。  そう。  その奇跡が忘れられないから、私は―― 『”シャチについて”――続き。  ちなみにこの『回遊』ですが、本来回遊する力を持たない生き物が、海流に乗って一万キロ以上の旅をすることがあります。  この場合、その生き物には元いた場所に戻る力を持たないため、殆どの場合は新しい環境に適応することができず、やがて死滅してしまいます。  これを死滅回遊……『

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』05

『”シャチについて”――続き。シャチは基本的には冷たい水を好みますが、世界中のあらゆる海に生息し、ヨーロッパやアフリカ、日本の海でも目撃されます。彼らは餌を追いかけて、夏には北極海、冬には赤道まで移動します。彼らの移動は一年で一万キロ以上にもおよび、これを『回遊』と呼びます。解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』  というわけで、真凛を人質に取られる代わりに解放されたおれは、すごすごと通路を逃げ戻った。  大ホールから離れ、入口付近まで一気に戻る。なまじ外に

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』04

『――”シャチについて”。シャチはイルカの仲間で、鋭い歯と大きな身体をもつ生き物です。人間を除いては自然界に敵は存在せず、非常に獰猛で貪欲な捕食者として知られています。  奇襲や挟み撃ちなど、高度な狩りの技術を持ち、サメを一撃で仕留めることもあるとされています。解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』  緊張感とは無縁の館内アナウンスを聞き流し、おれは状況を見て取った。  通路は大人二人が並んで通れるくらいには広い。  そこに、奥の設備棟から持ち出してきたの

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』03

 リゾートビーチでも、事故は起こりうる。  例えば離岸流。岸から海へさかのぼる潮の流れ。これに捕まると、ビーチで泳いでいたつもりが、あっという間に沖へと流されてしまうのだ。 「助けて! お母さん、お父さん! ねえ! ねえみんな! 私、流されてる、戻れないの!」  私の懸命の呼びかけに、ビーチの家族は笑って手を振り返す。  なにかの悪夢のような光景だったが、長じた今となっては、それが無理もないことだとわかる。溺れてもがく人間は、遠くからは水面ではしゃいでいるように見えるも

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』02

 暗く細長い通路を緩やかに下っていく。  闇の中、時折青く浮かび上がる水槽やパネル。  もともと照明が抑えられているこの通路だが、休館日である今日は非常灯以外の光が全てカットされ、視界の確保も困難なほどだった。普段は家族連れやカップルで賑わうであろうこのメインストリートも、今はおれ達の声と館内放送が響くのみだ。 『綿津見水族館にようこそ。この水族館には、大きな特徴が三つあります。一つは、宝石のように美しい、南の海の魚や珊瑚達。その数はなんと、720種類』  照明はカッ

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』01

 波の下は静かな世界  降り注ぐ、光の帯  星のような珊瑚  虹色の熱帯魚  ゆらめくイソギンチャクの森  どこまでも青い、水のとばり  助けなど来るわけがない  誰にも気づかれず、気づいたところでもう手は届かない  そこに助けがあると言うなら  それは間違いなく奇跡だろう  ――11月24日、22時。  太平洋沿岸の綿津見原子力発電所を、環境保護団体アースセイバーが襲撃。警備員と交戦ののち逃走、隣にある綿津見水族館に立てこもった。  犯人は発電所に仕

EX2話:『星を見る犬』13【完】

 室内を吹き荒れていた風は、いつの間にかその勢いを弱めていた。全身を押さえつけるかのような風圧の塊がなくなり、ようやくサブロウは身体を動かすことが出来た。 「ばはぁ――――っ!!はあっ!はあっ!はあっ!」  犬神乾史はカーペットに膝をつき、肺機能を全開にして換気を行っている。極限の集中を要求されている間は、ほとんど呼吸すらする暇はなかったのだった。その隣で倒れている『魔犬』も、起き上がる気配はない。 「アニキ、アニキ大丈夫っすか!?」 「……よお……」  干上がった