見出し画像

EX3話:『アボーティブ・マイグレーション』07

『”シャチについて”――続き。

 シャチは『クリック』と呼ばれる音を出すことが出来ます。
 水中でこの音波を飛ばし、その反射を感じ取ることで、周囲の情報を検知します。シャチは優秀なセンサーを持っているのです。

 解説の続きを聞きたい時は、次のボタンを押して下さい』



 最初に依頼人から渡された任務概要、交渉材料。

 いずれも当てにならないときたものだ。

 従来とはまた違った角度の無茶振りに、おれは頭をかきむしる。


 おれ達が関わる仕事では、事前情報の収集は極めて重要である。

 敵が三人と思ったら五人だった、奪還すべき物品の保管場所が違っていた――もしも誤った情報に基づいて戦術を組んでしまった場合の不利は、多少異能力が強い程度では到底挽回できない。だからこそ、前線に出ない所長や来音さんなど事務所メンバーが、日々情報の整理や依頼人からの聞き取りに務めているのだ。
 
 今回所長が事前情報不十分のまま任務を丸投げしてきたことに対しては、おれとしては長文お気持ちスクショ4枚つづりくらい言ってやりたい事があるのだが。……まあ、背景はわからないでもない。
 一つは先に行ったとおり、お金の潤沢なインフラ関係の企業にコネを作りたいという純粋な下心。そしておそらくもう一つは――

「そろそろ、現地で情報収集くらいしてみせろ、ってことか」

 おれが真凛に、徐々にアシスタントとしての手伝いから正規スタッフが担当する業務を任せているように、所長もおれに対して仕事のハードルを上げてきた、という事ではなかろうか。うやむやな事前情報の見極めも出来るようになれということか。
 ため息を一つ。
 ハードルの高さに。……そして、もしもこれをこなしてしまえば、これが標準とさらにこのバイトから抜けられなくなってしまうであろうという未来に。

「ええいとにかく。今は目の前の仕事だ。一から情報を整理し直すしかない」

 おれは引き続き、端末をフル稼働して電話、メール、ブラウジングを進める。来音さんを手伝った時の容量で資料をまとめ、コネをつかってヒアリングする。だが情報を積み上げれば積み上げるほど、おれの中には違和感が湧き上がってきた。

「……気に入らないな」

 こういう途中参加の仕事の宿命ではあるが、状況を相手のいいように設定されて、イニシアティブを握れないまま引きずり回されてるこの感じ。何かまだ見落としてることがあるような。こうして情報を集めることすら、相手の手の内のような……。

 おれの逡巡を、携帯の振動が断ち切った。

「っと、データが来たか。祥子。祥子、……水城、祥子か。ネットがはびこるこのご時世、うっかり実名つぶやいちゃうのは御法度ですよー、っと」

 正直、偽名とばかり思っていたのだが、あにはからんや、書類上は戸籍も社会的なあるごくごくまっとうな人間だった。一度手がかりが得られれば、それを取っ掛かりに芋づる式に情報を手繰り寄せることが出来る。

「……なんだこれ、想像以上の凄腕じゃないか」

 その内訳に、おれは舌を巻くしかなかった。

 水城祥子、コードネーム『白シャチ』。

 過激な環境保護団体、アースセイバー。素朴な正義感に訴える素人くさいデモ行進や、マスコミ受けする派手なパフォーマンスは、その活動のごく一部に過ぎない。

 その環境保護活動(エコテロリズム)のうち、裏の部分、本当にヤバいヤマや技術を要求される任務を数々成功させてきたエージェント、それこそが彼女だった。つまりは、ほとんど『こちら』側の人間だということ。半分素人となめてかかったおれ達はとんだピエロだったわけだ。ったく、前情報さえちゃんともらえてりゃこんな油断はしなかったものを……。

 「えーと。学生時代から環境保護活動に傾倒。卒業後にアースセイバーに所属。デモや抗議活動に参加するうち、次第にテロ活動を専門とするようになる、と」

 社会人になってからプロとしての実力を鍛え上げたタイプか。なまじ生まれつきの力に溺れて調子に乗ってるヤツより、こういう人の方が実戦ではずっと厄介なんだよなあ。

「うへぇ、『海外留学先で海鋼馬(ハイガンマー)公司主催の教練キャンプに参加、優秀な成績で卒業し、特殊技能を修得。特に爆発物の扱いと仕掛けに長ける』かよ。ンなに真面目にテロリストやんなくてもいいっつーのに」

 脳内に『白シャチ』のデータを吸い上げ、領域の一部を演算に割り当て、雑なベイズ統計で行動パターンの推定を開始する。まあ気休め程度のものだが。

 先に感じた違和感が、まだ消えない、どころか膨れ上がってくる。何か、一つ読み違いをしていないだろうか?

 並行して、爆弾の解除コードをチェック。もちろん、このまま『白シャチ』の言う通りおめおめ依頼人の元に逃げ戻ってモーターボートを調達するよう依頼しても話が通るはずもない。嗚呼、日雇いの傭兵には捕虜となる権利は適用されないのであった。なんとかして事態打開の鍵を見つけなければ。すると通知がポップ。別行動で動いている本日のバックアップ、マクリールからの連絡だった。

「おう、マクリールか。爆弾の解除コードの情報は?……ちっ、やっぱアナログとデジタルの複合型かよ。お前の解析でも……ダメか」

 PCをいじくりまわしつつ、携帯に展開されるショートメッセージに音声入力で返答する。

「だろうな。凍らせて解体する可能性は? ……くそ、原発の冷却ユニットと直結か。そりゃ処理班も迂闊に手が出せないわけだ。水族館内の見取り図は手に入ったか?」

 コンマ数秒で着信。展開される見取り図データ。ここらへん、さすがに『脳と機械が直結』しているだけのことはある。

「上出来。奇襲をかけられそうなポイントの候補をピックアップしてくれ」

 言いつつ、自分でもそれなりに脳内シミュレーションを立ててみる。

「意外と少ないな。エアダクトは……ふさがれてるか。監視カメラの映像は?……潰されてる。くっそ!!地味にいい仕事しやがるな!」

 十数パターンの脳内シミュレーションで、ことごとく失敗し射殺される自分の姿が脳裏に浮かぶ。仮に真凛がいたとしてもかなり怪しいものだった。

「ちっくしょーどうすりゃいいんだよこれ! こっちの手が完璧に読まれてる。手詰まりじゃないか!……ん?」

 突如。

 膨れ上がりきった違和感が脳内でパリン、と割れた。

「……完璧、か」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?