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EX2話:『星を見る犬』10

 ―――誰かが嗤っている。

 演技や挑発じゃない。それは、ある意味では純粋な、ただの悪意だった。

 田舎の学校の古い教室。取り囲む同じクラスの連中。級友、と思えたことは一度もなかった。

 ああ。オレはまたここに戻ってきちまったんだな。

 そんなことを思った。こいつらを殴ったのも。それからあの街の路地裏で暮らしてたのも。きっと夢だったんだろう。

 いいさ。いつもみたいに好きにすりゃいい。もう慣れたよ。

 気がつけば、連中の姿はいつのまにか、手足の長い一人の男に変わっていた。

 『魔犬』が左腕を伸ばしてくる。何十発と浴び、脳裏に焼き付くほど見た機械のように正確な動作。

 だが、なぜかその動きは海の中にいるようにスローだった。

 なんだよこれなら避けられる。そう思い、だが乾史は愕然とする。自分もまた、海の中にいるように身体が動かない。ゆっくりと、だが確実に迫る左ジャブ。

 やめろ、と悲鳴をあげようにも声が出ない。そして視界いっぱいに拳が拡大して―――


 ……目を覚ますと、漆喰の天井が目に入った。

 枕元の窓ガラスの枠がガタガタと鳴っている。低気圧が近づいているのか、空は分厚い雲に覆われていた。

「―――オ、レは」

 舌が痺れている。気がつけば、寝かされていた。

 辺りを見回す。壁にしみが浮いてはいるが、清潔に手入れされている印象の小部屋。見覚えのない場所だが、不思議と馴染みのある雰囲気がした。

 横たわっているのはベッド、ではない。白一色で平たく固い、病院の診察台だった。なんだろう、なにやら妙な匂いがする。葉っぱのような、土のような。

「気がついた?」

 聞き覚えのある声。そちらに首を向けようとして……激痛が走る。あがが、と声にならない呻きを漏らした。

「まだ動かない方がいいわね。丸二日、眠りっぱなしだったのよ」

 そう言いつつ、水の入った洗面器を持ってきたのは、朱(チュウ)だった。全身が熱っぽく、だるい。何かとても大切な事があったような気がするのだが。

「まあた随分とこっぴどくボコられたもんねえ」

 洗面器から布を取り出し、絞る。それはタオルではない。丸められた包帯だった。そこから一際異様な匂いがする。どうやら洗面器の中に張られているのは水ではなく、何かの薬液のようだった。

「あの兄ちゃんもずいぶん性格悪いねー。こんだけ実力差があるなら最初の一発で眠らせることが出来たでしょうに。内臓を好き勝手にずんちゃか引っかき回してくれちゃって。気の巡りをまともに戻すのにエライ苦労したわよ」

 その言葉が針のように脳に突き立ち、乾史の思考はたちまち覚醒した。

「そ、そうだ!あいつは、サブはどうなった……ぐげえ!!」

 跳ね起きようとした乾史を容赦なく殴り飛ばす朱。

「起きるんじゃないよ!これ以上怪我が悪化したら薬は出してやんないからね」

 抗議しようにも体がまともに動かない。そこでようやく知覚した。服を脱がされ、包帯でぐるぐる巻きにされた自分の腹、胴、顔。

 包帯に染みこませてある薬液の匂い。腕に刺さった点滴。そして、指一本動かせない程、全身にくまなく残る鈍痛。

「あ、ががが……が…」

 身をよじり呼吸をする度に、骨と肉と内臓がこすれて悲鳴を上げる。だがそんな痛みなど、次の言葉に比べれば些細なものだった。

「ついて行ったわよ。あのアナクロな格好した兄ちゃんにね」

「―――そう、か」

 夢だった、などという実に都合のいい答えはもちろんなかった。”ついて行った”。自分の意志で。

 そして、残ったのは解約された元用心棒が一匹。

 とたんに身体が物凄く重くなった。頭が体を動かす役割を放棄してしまったようだった。

 もはや身じろぎもせず診察台に横たわる乾史。その上半身に巻かれていた包帯を朱が引き抜く。自分のものとは到底思えない、内出血でドス黒く変色した腹。

「……あんたが、手当してくれたのか」

 この部屋に馴染みがあるわけだ。ここは朱の店の二階。そう言えば最初に会ったときに言っていた。弁当屋と、医者のようなことをやっていると。

「まあね。サブが血相を変えて呼びに来たのよ。んで、行ってみればボロ雑巾みたいなアンタが地面に転がっててさ。なんとか治してくれって泣きながら頼まれちまってね」

 大変だったわよ、と朱はため息をついた。

「うちの若いの使ってアンタをここまで運ぶのに一苦労。鍼灸で機能不全になった内臓に気を導いてやりつつ、投薬と打撲傷の湿布と点滴。ま、ちょっとした東西医術のアクロバットサーカスってとこね」

 いいつつ、無造作とも言える手つきで、乾史の腹にどすどすと針を突き立てる。麻痺しているのか、痛みは無い。

 そのうちの幾つかに熱したガラスの小瓶をかぶせると、重油のような濁った血が吸い出されてゆく。何も感じなかった腹に、少しずつ熱と痛みが戻ってきた。

「とはいえ、常人だったら死んでた。アンタ、首にきっついのをもらったでしょ?普通はアレで頸椎がキレイに折れてたわよ」

 脳裏に焼き付いたアッパーカット。首は……そういえば、分厚いギブスで覆われている。

「獣の身体の柔らかさは大したものね。多分本能的に全身の筋肉をゆるめて、うまく衝撃を散らしたのよ。頸椎の歪みは合わせといたから後遺症は出ないと思うけど。上半身バキバキの筋肉痛でしばらくギブス暮らしは覚悟しときなよ」

 この包帯と薬、ギプス。そこで思い至る。治療費はわからないが、決して安くはないはずだ。

「いいわよ。金は隣の執事みたいな兄ちゃんが置いていったしね」

 朱の答え。だがそれは乾史を安堵させる事はなかった。

 ―――あいつのお情けで、オレは生きている。がたついた奥歯をかみしめる乾史にいちいち注意を払うことなく、朱は手慣れた様子で針を抜く。

 怪しい臭いのする軟膏を塗り、薬液に浸した新しい包帯を再び乾史の腹に巻き付ける。

「上体を少し起こせる?」

「ああ……」

 身体を動かす。ひどく億劫だった。二日間身じろぎしなかったため、あちこちがギリギリと不快な音を立てるが、骨が折れたりはしていないようだ。少しずつ指を動かし動作確認をする乾史。

「普通なら全治一ヶ月ってとこなのに、二日で動けるかあ。気の循環を戻してやったら、呆れるくらいの速度で回復したわね。さすがは人狼の生命力」

 目をみはる。なんでアンタが人狼なんて知ってるんだ、と驚く乾史に、

「こんなところで商売してると、別にアンタみたいな客は珍しくないわよ。前は両手足複雑骨折したくせに、日帰り入院で済ませちまうキョンシーまがいの再生能力の持ち主もいたっけね」

 ぞんざいに答えると、朱は包帯を結び、はい治療終わりと軽く叩く。

「もう三日も安静にしてりゃ大丈夫でしょ。その間はここで寝るなり、周りを出歩くなりすりゃいいわ。入院費分はメシも出してあげる。元気になったら退院して元の生活に戻ることね」

 ざくざくと用件を告げると、洗面器と汚れた包帯を手に朱は部屋を出て行こうとする。その背中に、気がつけば声をかけていた。

「サブは、どこに行ったんだ?」

「アタシが知るわけないでしょ」

 当たり前の話だった。うなだれる乾史。だが朱は言葉をつなぐ。

「でもあのアナクロなお兄ちゃんなら、駅前のホテルに部屋を取ってるかもね」

「ホントか!?」

 たぶんね、と朱はなげやり気味に言った。

「あんな物騒なのが二週間もあたし達の縄張りをうろついてれば、そりゃあ警戒するわよ。必要最低限の事は調べるってこと。でもアイツ恐ろしく鼻が鋭くてねえ。うちの連中が駅前のホテル近くまでどうにか尾行できたけど、そこまでよ」

 もっともサブの親族の使いだとわかったんだから、これ以上あたしらが警戒することはないけどね、と朱は結んだ。

「そうか……」

 駅前のホテル。距離だけで言えば、ここから歩いて十分もかからないはずだ。

「ついでに言えば、こんな情報も役に立つかもね」

 朱がサイドボードの上に乗っていた紙を数枚、乾史の方に押しやった。

「アンタを回収するときにサブから少しだけ事情を聞いてね。ま、気になってちょいとプリントアウトしてみたってだけだけど」

 細かい記事を拾うには本当にネットは便利ねえ、などと呟く朱。他方乾史はと言うと無言で紙面に見入ったまま。

「……朱姐さんよお」

「どーよ?結構見つけるの苦労したんだから。感謝しなさい」

「……何て書いてあるのかわかんねぇよ……ぐはあ!!」

 情けない声を挙げた乾史を容赦なく殴り飛ばす。ちなみに結構首に負担がかかっている。

「そーねそーよね。最近の子供がみんなサブみたいに頭いいわけじゃないもんね!まったく。いいわ解説までしてあげるわよ。ノーミソかっぽじってちゃんと聞きなさい。

 細かいところは省くけど。曾我部貴俊ってお金持ちが、普段はアメリカにいるけど、何故か一昨日から日本に帰ってきてるんだってさ」

「ソカベタカトシ……?」

 聞き覚えがあった。あの男がたしかそんな名前を言っていた。

「サブの親戚ってヤツのことか!?」

「あのアナクロ兄ちゃんの雇い主でもあるわね。それが六日間、日本に滞在するらしいわ」

「六日?その後は?」

「アメリカに帰るんでしょうね。サブも一緒なんじゃない?」

「ってことは、実家ってアメリカにあるのかよ……!?」

 乾史の手から紙を回収する。

「アンタはまる二日眠ってたから。サブが日本にいる時間は、あとせいぜい百時間ってことになるわね」

 そこまで聞けば沢山だった。診察台から身を起こす。

「こうしちゃいらんねえ!すぐに行って、」

 

 生暖かい鼻血が喉に絡まる感触。

 脳裏に焼き付いた、迫る拳。内臓を抉られる痛み。

 告げられた解約。

 行って―――どうする?

 今さら何をするというのか。何が出来るというのか。

 硬直したまま動かない乾史。そもそも、サブロウはもうオレに助けられることなど望んではいないんじゃないか?

 朱はその様子を見やったまま、口を開こうとはしない。

 痛いほどの沈黙は、実に一分も続いた。むずかしいことを考えるのは嫌いだ。だが、なぜかはわからないが、乾史はその問いに確かな答えを出さなければならないと感じた。

 そしてそれが、中学校の学力テストなどより、はるかに大きな何かをを決定することになるのだと。まだ裂傷が癒えきっていない唇を開く。

「その、実家に戻ればよ。……メシも寝るところもあるのかよ?」

 ―――まて。オレは何を言おうとしている?

「あちらはお金持ちだそうだから。食べきれない方を心配すべきでしょうね」

 朱が答える。

「親戚のオジさんってのは、アイツをいじめないかな?」

「さあね。でもまあわざわざ連れ戻しに来るぐらいだから、悪くは扱わないでしょうよ」

 鍵が外され。

「朱姐さんは、バイトがいなくなったらどうするんだよ?」

「他にアテがないわけじゃないわ」

 扉が開かれる。

 その向こうにあるのは、誰もが幸せになれる世界。

 親戚とやらはサブロウと再会できて幸せ。あのボクシング野郎は仕事が果たせて幸せ。オレはあの拳にもう殴られなくて幸せ。

 痛みのない世界。それを選択することは、正しい事じゃないのか。

「じゃあ。…………実家に戻る方が、アイツにとっても、」

 本当に、それを口にしてしまっていいのか。

「あのさーあ」

 朱の声。身を震わせる。

「悪いけどあたしは医者であって、アンタの親でも何でもないのよね。人生相談なら他所でやってくれる?これから昼飯の仕込みもあるんでさ」

 そう言うと、再びサイドボードの洗面器と包帯を取り上げ、朱は部屋から出て行く。もっともな話だった。またうなだれる乾史。だが朱は扉を閉める直前に振り返って。

「アンタはどうしたいの?」

 と言った。

「オ、レ?」

「そ。さっきから聞いてりゃ親戚がどうとかアタシがどうとか。ンなことはどうでもいいのよ。

 アンタはどうしたいの?

 アタシはアンタがここに一旗揚げに来たのか逃げ込んできたのかは知らないけど。自由を求めてきたんじゃないの?」

「自由……」

 小学生で習う漢字。なのにその言葉は、まるで初めて聞いたように新鮮だった。

「自由ってのはそういうことよ。誰にも命令されないってことは、誰も指示してくれないってこと。何をするにも自由。何もしないのも自由。その代価は、何が起きても自己責任。それだけ。決めるのはいつも、アンタ自身よ」

 絶対的に正しい神様が、いつも何をすべきか教えてくれるなら、人は誰も迷ったりしないのにね、と朱はつぶやいた。

「迷ったときは、くだらない理由付けや言い訳の背中に隠れずに、ただ一つの問いかけをすりゃあいいのよ。オレが今一番欲しいものは何だ?ってね。それが自分の身の安全なら、それもアリってだけのこと。アタシは別にとがめやしないわ」



  朱が下の弁当屋の仕込みのために降りていくと、乾史は何もやる事が無くなった。眠ってしまえば良かったのだが、肉体はともかく精神はこれ以上の睡眠を必要としないらしく、眼を閉じても意識は逆に冴えていく。

 一時間ばかり、診察台の上で煩悶したが、やがて意を決して起き上がった。全身は何かの冗談みたいに激痛が走っていたが、歩く事は何とか出来た。

 ギブスと包帯を巻いたまま、苦労してタンクトップを着込み、外へ。だが街に出たところで、往く当てなどもなかった。

 一週間前までは、その日のメシが食うことだけを考えていれば良かった。行き先なぞ考える必要はなかったのだ。

 あの廃倉庫には……戻れない。

 ふと気がつけば、聞き慣れた電子音と、点滅するサインボードが側にあった。朱の店の近くにあった、サブロウが昼の仕込みを手伝っている間に時間つぶしをしていたゲームセンター。

 しかたがないので入った。

 いつものように時間つぶし。お気に入りの古くさいシューティングゲームに百円玉を投入してスタート。

 戦闘機を操って華麗に弾避け。今日もオレは絶好調。あっという間にボスまでたどり着く。ボスの撃つ弾をかわす、かわす。

 スピードアップする弾幕を、かわす/かわす/あのパンチをかわすには?


  ―――無理だろ。

 どこかで冷静な自分が答える。


 だってしょうがねえだろ。あんなのどうやったって勝てねえんだからよ。

 動きが違いすぎる。逆立ちしたって、勝てる可能性なんかねぇじゃねえか。

 あいつと同じ動きでも出来ねえ限り。

 浴びせられるボスの弾幕。

「あっ……!」

 ほんのささいなミス。かわし損ねた弾に当たって、自機はあっさりと爆発する。まだボムを一回も使っていなかったのに。

 残機から補充され続いて出撃する自機。だが、もう集中力が切れていた。

 あっさりとまた撃墜される。一回、二回。気がつけば画面にはこんな文字がでかでかと躍っていた。


 『コンティニューしますか?』


 乾史は、ポケットをまさぐった。だが、あの『魔犬』との戦いで、ちょうど百円玉を使い切っていたらしい。さっきのが最後の一枚。手元に残ったのは十円玉、五十円玉、一円玉。

「コンティニュー出来ねぇってか……」

 自分の台詞に、乾史は笑った。十五年生きてきて初めて知った。怒るにも、泣くことにすら値しない状況では、人間は笑うしかないのだと言うことを。

「あーあ、ざまあねえ」

 笑いはとまらない。たまらず、店の外に出た。そのうちにだんだん押さえが効かなくなって、腹を抱えて笑い始めた。げひゃひゃひゃひゃひゃひゃと人目をはばからず声まで上げて、裏通りを転げ回る。

 ノーコイン。ノーコンティニュー。ヤリナオシハ、デキマセン。ゲーム機までが自分にゲームオーバーだと言っている。

 ああおかしい。笑いすぎて涙が出てきた。本当に笑えすぎて、涙が止まらない。あまりの大笑いに通りを覗き込んだ通行人が、そそくさと立ち去る。腹が枯れるほど笑い声を放って、犬神乾史はぼろぼろと涙をこぼした。


 ……実際には五分くらいの時間だったのかも知れない。笑い疲れた乾史は、そのまま薄汚れた壁に身を預け座り込んだ。このまま干涸らびてしまえばいいのに。そう思った時。

 ちん、と澄んだ音を立てて、視界の隅に何かが転がった。思わず眼で追う。

 それは、今ではもう作られていない、銀色の五百円玉。

 いつぞや宇都木や蟹江からサブロウを助けた際に借りた五百円玉だった。いつか百円玉に両替しようと思っていたのに、いつの間にか忘れていたもの。さっきポケットの中には無かったはずなのに。勘違いだろうか。

 五百円玉はゆっくりと孤を描き、乾史の目の前でぱたりと倒れた。引き寄せられるかのように拾い上げる。

 穴が空くほどに見つめる。

 五百円玉。銀色。圧倒的な己の力。

 血まみれの教室。まるでお月様。拳に食い込む歯。考えたくもない過去の象徴にして。

『よろしくお願いします、アニキ』―――寄せられた信頼の証。


  考えろ。足りないアタマを使って。

 ―――アンタはどうしたいの?

 オレは。何のためにこの地べたをはいずり回っているんだろう?

 思い出せ。足りないアタマを使って。

 ―――あっしはこの街で、なんとか自分だけの星をつかみてぇんです。

 誰もが幸せになれる世界?一番の当事者の望みを踏みにじって何を言う

 思い起こせ。その足りないアタマの奥から。

 ―――そう。ここでなら。オレも新しい何かを、つかめるのかも知れねえ。

 

 したいことなど。とっくに見つけていたじゃないか。

 ……掌が固まる。五百円玉は乾史に一つの問いかけを以て鎮座していた。


 『コンティニューしますか?』



 ランチタイムの地獄を乗り切った朱は、どうにか掃除食器洗いまで完全に済ませ、夕食時の仕込みまでのささやかな自由時間に浸っていた。

 のんびりと茶菓子をつまみながら、店のテレビで刑事ドラマの再放送を見るのである。この時間は彼女にとって絶対であり、なんぴとたりとも侵してはならない。だから。

「朱姐さん!!」

 ガラス戸をぶち割らんばかりに飛び込んできた少年にも目を向けることなく、朱は茶菓子を頬張る。ううん、やっぱり刑事は水谷豊だと思うのよね。

「なあ、朱の姐さんよお!」

「あによ」

 お茶をすする。視線はテレビ。最初からわかっていた選択結果などより、先の展開がわからない刑事ドラマが優先なのは自明の理だ。うんうん、この頃の若い寺脇康文もいいのよねえ。

「この家にでけえ鏡があったら貸してくんねえか?」

 妙な依頼に、朱の眉が動いた。視線はテレビ。口だけがにやり、と太い笑みを浮かべる。

「あるわよ。そうね。アンタがこれから四日間、血反吐を吐く覚悟があるなら貸したげる」



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