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小説:人災派遣のフレイムアップ

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魔術師、サイボーグ、武道家、吸血鬼。現代の異能力者達は、企業の傭兵『派遣社員』として生活のために今日も戦う!
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2019年8月の記事一覧

第7話:『壱番街サーベイヤー』32【完】

「行っちゃったねえ」  成田空港の駐車場から、青空を力強く駆け上がっている航空機を見上げる。 制服の下に包帯が見え隠れする真凛の状態は痛々しいが、本人は慣れっことのことでケロリとしたものである。骨格に入ったヒビと勁による内傷もメキメキ治っているようで、おれとしては生物としての格の違いを思い知らされるしかなかった。……自身の負傷をチートで直してもらっていることも、まあ、負い目ではある。 「よしよし、無事に飛んだな」  皇女の乗った機が離陸したことを確認し、おれは胸を撫で

第7話:『壱番街サーベイヤー』31

 紅華飯店を出ると、すでに陽は落ちていた。エントランスには桜庭さんと所長、それに直樹の野郎が車で迎えに来ていた。  さすがに皇女殿下を京浜東北線で帰すわけには行かなかったので、事前に呼んでおいたのである。桜庭さんはハードネゴを終えたおれ達を見て、 「ご苦労さまです」  と、一言だが、暖かみの籠もった労いの言葉をかけてくれた。  ファリスと、そして激戦を制した真凛を車に押し込むと、おれは皆と別れた。ふたりともおれにも乗っていくよう進めてくれたが、ルーナライナの件で、まだ

第7話:『壱番街サーベイヤー』30

 颯真の四肢がすさまじい勢いで駆動し、拳、掌打、弾腿、猿臂、膝、踵が叩き込まれる。それぞれに恐ろしいほど勁が充実していることが、素人目にも見て取れる。それぞれ四征拳の名のある技なのかもしれないが、もはやブーストをかけたおれの目でも視認することは不可能となっていた。  それを真凛は適切に受け、払い、捌く。すでに先の『纏糸勁』で脚が殺されていた。振動により毛細血管が損傷し、全身の各所で内出血が起こっているだろう。歩法を用いて翻弄することは不可能。必定、超接近戦に活路を見出さざる

第7話:『壱番街サーベイヤー』29

 円卓を置いてなお余るドラゴン・スイートのフロア。  暖炉の前に、無駄こそが最高の贅沢とばかりに空けられた土俵がまるまる置ける程度のスペース。必定、そこが決戦場となった。  MBSの兵隊たち、そして美玲さんとワンシム達は壁際に。おれとファリスは反対側に陣取り、この死合の行く末を見守る。  おれは勝敗を推測しようとして、やめた。  昨夜のうちに打てる手を打ち、ここに至るまでで策は出し尽くした。  あとは結果を確かめるのみ。  任せるべきだからこそ任せる。おれのアシス

第7話:『壱番街サーベイヤー』28

 紫水晶の瞳が烈しい輝きを放つ。普段の泉の如き静謐さの奥にある、アルセスの事について触れる時の虚ろな闇。そしてその奥にあるこれこそが、彼女に秘められた真の輝き。  おれは組んでいた脚を降ろし、心持ち体を前に傾けた。 「――たぶん、君はセゼル大帝の意図に少しずつ気づいていたんだろう?でも、認めるわけにはいかなかった」 「当たり前です!後継者として決めていた、ですか……?それならなぜ、なぜアルセス皇子は処刑されなければならなかったのですか!!自分で処刑したくせに!今更になって

第7話:『壱番街サーベイヤー』27

「ドーモドーモ。では、話し合いと参りましょうか」  紅華飯店の最上層、ベイエリアを見下ろすドラゴン・スイートのソファーにどっかりと尻を落として足を組み(ちゃんと今朝靴を磨いてきたのだ)、おれは室内を睥睨した。  流石にVIPが宿泊するスイートルーム、応接設備は最高級。円卓会議が開けそうな巨大かつ重厚な木製テーブルの向こうでおれと正対して腰掛けるのは、たるんだ家猫を思わせる肥満体の中年。今回MBSを雇用し、ファリスを狙った張本人であるワンシム・カラーティだ。その右側には美玲

第7話:『壱番街サーベイヤー』26

『一晩かかっても結局解読は出来なかったのか!この愚か者どもめが!』  紅華飯店のドラゴン・スイートに、今朝もワンシムの怒声が響き渡る。劉颯真は一周回って興味が湧いたのか、ペットおもしろ動画を眺める体で馬耳東風を決め込みつつ、調息と内功の充実に意識を巡らせていた。昨日の限界を超えた駆動で焼け付いた筋肉や経絡は快癒している。フルマラソンはできなくとも、百メートル走であれば全力で走りきれる。  この躯体は、あと一度の果たし合いであれば十全の機能を果たすであろう。次こそが決戦にな

第7話:『壱番街サーベイヤー』25

 ――セゼル大帝は晩年にこう言ったそうです。”極東の地に在りし、うずもれたもう一つの数列。『鍵』と『箱』を揃えたとき、失われし我らの最後の鉱脈が示される”と―― 「そのはず、なんだがなあ」  ――事務所のバイト用机に無骨な作業用PCを広げ、おれは唸った。すでに日付も変わろうかという時刻だが、とりあえずお疲れ様でした続きはまた明日から、などとほざく気分には微塵もなれず、おれは今できることを進めるしかなかった。  見つけ出した『箱』と皇女をかっさらわれたという弁解のしようも

第7話:『壱番街サーベイヤー』24

 陽が再び落ち、都会に闇が訪れた。  そびえ立つビル群が四方に光を放ち夜を切り裂き、人類の生存圏の謳歌を誇示する。  その足元の夜の蟠りの中を、男が這っていた。  今までも、夜は男の居場所だった。だが、その意味合いが全く変わってしまっていた。昨夜まで、男は夜に君臨し、その暴力で存分に支配してきた。だが今、男は哀れにも建物の影から影へと、人目を避けて動き回るだけの存在だった。  幾度となく地面に叩きつけられ、常人なら粉々に砕け散るほどの重傷を追った脊髄は、尋常ならざる生

第7話:『壱番街サーベイヤー』23

 微妙に明滅する薄暗い蛍光灯を点け、窓を開けて換気を確保。汚れ仕事用にザックに確保してある軍手とマスクを皆に配布すると、おれ達は共用倉庫の発掘を始めた。 「うわ、これおれが一年のときの学祭の出し物の衣装だぜ」 「ずいぶん古い機材がありますね。これはもしかして、光磁器ディスクドライブ?」 「いつか使うかもと思って倉庫に放り込んだきりってパターンだな。……おい真凛、麻雀漫画読んでるんじゃない」 「よ、読んでないよ!積んであったから確認しただけだって」 「だいたいこういうところは

第7話:『壱番街サーベイヤー』22

 「――っ」  両の足が大地を離れる。絶望的な浮揚感。  回避不能の颯真の拳を、真凛は身体を浮かせて受け止めることで対処した。これ以外の方法はなかった。小手先で捌ける拳ではなく、四肢を踏ん張って受ければ膨大な剄が内蔵に突き抜け、その時点で勝負は決していたのだ。  必至の展開。そしてこれは詰みである。  身体が宙にあるということは、いかに四肢に力を込めても反動を得られず姿勢をただすことが出来ないと言うこと。ただ物理法則のままに後方に流され、上昇し、下降する――その落下点

第7話:『壱番街サーベイヤー』21

 研究棟を出たおれ達は、キャンバスを大きく回り込んで、公園と一体化している遊歩道を歩いていた。ちょうど建物の裏口に沿って移動する形となり、にぎやかなキャンパスの裏の顔、ゴミの山や廃棄された看板がさらけだされている。  研究棟と倉庫は、キャンバスを挟んで丁度反対側。向かう道は幾通りもあった。  その中で最も人目につかず、それで居てそこそこ道幅の広い道を選んだのは、同行者達に対するおれなりの配慮というものであった。 「……気づいたの?」  歩きながらさりげなく肩をよせ、さ

第7話:『壱番街サーベイヤー』20

「久しぶりに来たが、やっぱり雰囲気が違うよなあ」  明けて翌日。陽はすでに頂点を過ぎている。とにかく多事多忙だった昨日の疲れを癒やすため、おれ達は午前をまるまる休みにあてて、活動開始は午後からとしたのだった。 「私は正直、こちらの方が落ち着きます。今まで日本の大学は、こういうものだとイメージしていました」  興味深げに紫の瞳であたりを見渡すファリス・シィ・カラーティ皇女殿下。 「確かに、昨日のキャンパスとはちょっと空気が違うかな?」  授業を終えた後合流した七瀬真凛

第7話:『壱番街サーベイヤー』19

 時計の針が二十二時を回った。地方の街であれば人通りは少なくなり、商店はシャッターを下ろし明日に向けての準備を始める。  だが都内、それも新宿区高田馬場の駅前ともなれば、店舗の終日営業などはごく当たり前。ネオンはより一層輝きを増し、二次会へと向かう酔っぱらった学生達の喧騒に駆り立てられるように、街のせわしなさはより加速していく。 「なんだかなあ」  駅前の一角、小さなビルの一室に押し込められたファミリー向けのイタリアンレストランのカウンター席のひとつに、七瀬真凛は己の身