壱番街

第7話:『壱番街サーベイヤー』23

 微妙に明滅する薄暗い蛍光灯を点け、窓を開けて換気を確保。汚れ仕事用にザックに確保してある軍手とマスクを皆に配布すると、おれ達は共用倉庫の発掘を始めた。

「うわ、これおれが一年のときの学祭の出し物の衣装だぜ」
「ずいぶん古い機材がありますね。これはもしかして、光磁器ディスクドライブ?」
「いつか使うかもと思って倉庫に放り込んだきりってパターンだな。……おい真凛、麻雀漫画読んでるんじゃない」
「よ、読んでないよ!積んであったから確認しただけだって」
「だいたいこういうところは、サークルの溜まり場用に買った漫画とかが放置されてるからな。気になって読み始めたりしたら時間がどれだけあっても片付かんぞ」

 おれは以前の清掃のバイトでたくさんもらってきたガラ袋を広げ、片っ端からゴミを放り込んでいく。

「あ、あの亘理さん、他の方のものをそう豪快にゴミ袋に放り込んでいくのはまずいのでは」
「かまわないって。おれの記憶によれば、ここの荷物の大半は、少なくとも二年前から微動だにしてないしね」

 効率的な捜し物のコツは、「まだ調べてないエリア」からモノをパージしつつ「確実に無いと確認できたエリア」を拡大していくことである。

「どうせ持ち込んだ当人も忘れたり卒業して手付かずになってるんだ。さっさと始末してやったほうがこれらの荷物も成仏できるってもんだぜ。おい真凛手を止めるな、走り屋漫画を読み始めるんじゃあない」

 空っぽのペットボトル、前半だけめくった形跡のある教科書参考書、数回遊んだだけで放置されたと思われるボードゲーム。発掘を続けていくと、次第にゴミの年代がより古いものにさかのぼってゆく。

「フロッピーディスクドライブ、これは……SCSIケーブルにバスマウス。うちの国の市役所の交換用部品に持って帰りたいですね……」
「うーん、まだこの先生が存命だった頃のテキストか……ある意味貴重ではあるな。だから真凛、格闘技漫画を読み返すんじゃない。だいたいお前それ持ってなかったか?」
「うっ、ごめんこれは許して、このバトル、後の文庫版で描写が残酷だからってカットされちゃった話が収録されてるんだよ」

 まったくしょうがないやつである。おれは隅っこに積まれていた成人向け写真集を女性陣の目が触れないうちにゴミ袋に放り込みつつ、発掘を続ける。満杯になったゴミ袋をいくつか外に搬出し、掘り出される漫画がおれ達が子供の頃に流行ったものになったあたりで……「それ」は見つかった。

『上田研究室の留学生アルセス君の私物(一時保管!) 本人が戻るまで開けるなよ!!』

 巨大な古びたダンボールに、そんな文字がマジックで無造作に書かれていた。この荷物をまとめた当時の同僚達は、まさかその後アルセス本人が永遠に戻ってこない等とは想像もしなかったのだろう。湿気を吸った箱からかすかに漂うカビの臭いが、流れた年月と、その間に誰にも省みられることがなかったことを示していた。

「……ファリスさん。その……。形見分け、みたいなことはしなかったんですか?」
「いいえ。彼の……アルセス王子の処分が決まった後、彼の所有物はすべてセゼル大帝の直轄機関によって没収されました。すべて……。彼の手紙、衣服、書物。そういったものもすべて。私達の目に触れることは一切なかったのです」

 ファリスの口調が虚ろになりかける。だが今、箱を見つめるその眼差しには、過去に抗う意志が確かに感じられた。ならば状況を前に進めるのがおれに出来ることというもの。現場でよくお世話になってるカッター様を取り出すと、一気に湿気たガムテ―プを切り裂いた。

「…………ゴミ?」
「……いや、ゴミ、ではないが……」
「ですね……」

 ダンボールの中には、スーパーのビニール袋が一つ。開けると、電話線のケーブル、電源タップ、使いかけの文房具やマグカップ、メガネ、サンダルなどが無造作に詰め込まれていただけだった。

「私物というか、これは本当に異動になった人の忘れ物、って感じだな」

 おれは以前立ち会った倒産企業の債権処理の任務を思い出した。明日からもう会社にこなくていいと言われた社員の机にはこういったケーブル類や文房具が取り残されており、一応勝手に捨てるわけにはいかず保管せざるを得なかったのである。

「ええと、パソコンとか、ノートとか。そういうのはないの?」
「ないな。パソコンは研究室のものだろうし」

 ノートや個人用メディア……当時ならフロッピーディスクだろうか?そんなものがあったらまっさきに回収されただろう。ここにあるのは、おそらくアルセスが拘禁された後にやってきたセゼルの手の者があらかた持ち去った後の残りなのだろう。

「じゃあ、やはり『箱』はすでに奪われた後なのでしょうか?」
「いや、そう結論するのは早い」

 考えろ。捜し物のコツは、当時の状況と隠した人間の心理をトレースすることだ。

 極東の地に在りし、うずもれたもう一つの『箱』……ファリスの父は、セゼル本人から日本に『箱』があるとの伝言を受けたという。ここは大前提として、日本に『箱』がまだ残っていると仮定する。

 そのうえで、まずはセゼルの立場だ。海外に留学させたもっとも信頼する曾孫が海外に内通していると発覚した。

 おれが彼だったらどうする?当然、自分が動かせるコマ、大使館の人員あたりに連絡を取り、皇子を物理的に拘束し本国に送還する。次に、皇子が漏らした情報をどう収集するか?例えば、皇子を尋問して誰、あるいはどんな企業と取引したかを吐かせ、それらを密かに裏で口封じする。あるいは表のルートで日本政府なり企業なりを糾弾するか。

 ……いや、いずれも現実的ではない。諜報部員が何十人も駐在していればともかく、細かい謀略を編むにはルーナライナの国力は低く、遠く離れすぎていた。そして日本を糾弾するにはまず金脈がまだあるという情報をオープンにせねばならず、当然これは自殺行為のため不可。

「となれば、機密情報だろうが日常会話だろうが、これ以上情報が拡散しないようかたっぱしから皇子の人脈を遮断するしかない」

 手紙や私物は処分、回収。メールは凍結する。これであれば、日本に駐在している数人のスタッフでも出来る。そして回収すべき情報。まずは大本命たる、金脈の位置を記した情報。そしてアルセス皇子が記した暗号の数列、すなわち『箱』。当然、これの回収が至上命題となるはずだ。

 晩年のセゼルが日本に『箱があると述べたということは、どちらもついに回収できなかったということだろうか。

 だが、金脈の位置そのものはセゼル本人も知っていて当然だ。なぜファリスの父に直接伝えず、わざわざ日本に『箱』を探しに行かせるような真似をさせた?

 ここは考えていても結論は出なさそうだ。次に、アルセス皇子の立場だ。先述のようなことは当然、皇子も熟知していただろう。おれが彼だったらどうする?

 シンプルなのはすべてを観念し、粛々と祖国に出頭することだ。だがこれでは、『箱』も金脈もセゼルに回収されることとなり、今回の依頼そのものが発生しない。となれば、皇子は拘束する前に情報の隠蔽を図ったと考えるしか無い。

 設定を詰めた上で当時の状況を脳内でトレース。アルセスがいつもどおり研究室と寮の往復を送っている日々、そこにいきなり祖国の命を受けた人間がやってきて拘束される。仮にも皇族だ、極端に手荒な真似はされなかっただろう。

 だが当然、隠蔽などの小細工をする時間はほとんど与えられなかったに違いない。隠すチャンスがあったとしたら一瞬。隠すべき情報は……暗号そのものである数列。金脈の位置情報。これは緯度と経度に変換できる。すなわち、いずれも数字。

 ファリスは彼女の『鍵』を紙に書いてチョーカーに隠し持ち歩いていた。ではアルセスは普段、どこに隠していた?寮住まい、研究に打ち込む大学院生の男。自室にも職場にも他人が出入りする可能性がある。動きやすい服の上に白衣でも羽織っていただろうか。

 ときには王族の仕事として企業とも会食。それなりにフォーマルな礼服を着ることもあったろう。肌身離さず、頻繁に着替えをしてもいちいち取り出したり別のものに移し替えずにすむモノ、ところ。だが財布やケータイは論外だ、真っ先に取り上げられる。となれば……。

 おれはアルセスの私物が収められたダンボール箱の中から、メガネを取り上げた。

「それは、アルセス兄様の……」

 デザインよりも装着性を重視した、厚めの無骨な黒いフレームのもの。度がかなり強く、読書用と思われた。今のご時世、100円ショップでも売ってそうなチープな代物だった。

「ええっと、アルセス氏は日本に来る前から、この眼鏡をしていた?」
「……いえ。それとは別の眼鏡をしていました」
「なるほど。だが日本のブランドじゃない。こちらに来るときに買い揃えたかな……。眼鏡をかける習慣はあったんだね?」
「はい。近視気味とのことで、プライベートでは。公務のときは外していましたが……」
「了解了解。それでわかった」

 おれはつるの左右を指で確かめると――右側を力を込めてねじる。プラスチックがべきん、と音を立てた。

「ちょっ、陽司何やってるの!?」
「ほれ、見てみな」

 おれはつるをファリスと真凛に見せる。おれはつるをねじり折った、わけではない。強くひねることによって、巧妙にねじこまれていたパーツが外れていた。つるの端の部分が丁度キャップの役割を果たしていた格好だ。

「スパイの小道具の一つでね。眼鏡のフレームの中に空洞を作り、機密情報やメモをしまい込む。もちろん隠せる情報の量はたかが知れてるが……人間には覚えきれず、かといってデジタル媒体に記憶するまでもない数十桁のパスワードの収納にはうってつけだ」

 おれは中に収められていた、丸められた細長い紙の筒を取り出す。

「第二次世界大戦あたりによく使われた小技だ。セゼル大帝からアルセス皇子に継承されたってところかな。この手法の良いところは、昔から愛用している読書眼鏡と言えば安物を持ち歩いてもそう怪しまれず、いざ機密がバレそうという時に処分しても疑われにくい、ということだ。アルセス皇子はセゼル大帝の手のものに身柄を抑えられた時、この眼鏡を研究室の机にしまい込んで、裸眼で出頭したんだろう。……いずれ取りに帰るつもりだったのかも知れないが」

 言いつつ、丸まった紙の筒を解いていく。……それは数日前、ファリスがチョーカーから取り出してみせたものとほぼ同じだった。

「亘理、さん。では、それが……」

 ファリスの声が上ずる。心臓のあたりに両の手を当て、絞り出すようにささやいた。

「――ああ。これこそが君が海を渡ってまで探し求めたもの。ルーナライナの大帝セゼルが皇子アルセスに与えた金脈の情報が記された『箱』さ」 

 広げられた羊皮紙には、びっしりと数列が敷き詰められていた。

 倉庫の片隅の作業机をLEDの懐中電灯で照らし、おれ達は広げた羊皮紙を覗き込んだ。『アル話ルド君』のカメラを起動。羊皮紙も痛みが激しく、何はともあれデータにしてしまわないと安心できない。

「あれ、陽司。裏にもなにか書いてあるよ?」
「なんだと?……本当だ。ルーナライナ語か?」

 暗くて見落としていたが、確かに裏面に何やら文字列が書き連ねられていた。文字の読み書きには多少自信はあったが、これは解読できなかった。

「……これは古代ルーナライナ語ですね」
「読めるんですか?ファリスさん」
「多少は。ルーナライナは紀元前頃までは、交易都市として独自の文化や文字を持っていたそうです。今は王にのみ、読み書きの技術が伝えられれ、公文書に署名する際に使用されています。他の王族も、読める程度には一通りの教育を受けるのです」

「筆跡はそこまで古くはない。となると、書いたのはセゼル大帝ってことになるかね。……読みあげてもらって構わないかい?」
「はい。私も、音読しながらの方が思い出せると思うので」

 星の瞬きにも例えられる、ルーナライナ語の韻律。皇女の声で、走り書きの内容が読み上げられていく。


 
 『水辺の果樹に吊された男がひとり。
  その水は、男が口を近づければ潮の如く下へ引き。
  その果実は、男が身を起こせば風の如く上へ舞う』
 
 『果実と水を目の前にしながら、
  死ぬことも出来ず永遠の飢えに苛まれる。
  それがこの男に課せられた罰である』
  
 『虚無は必ずしも罰とはなりえない。
  悦びを知らねば、それを望むこともないのだから。
  悦びを知っているからこそ、
  決して手に入らないそれが、罰となりえる』
 
 『なればこそ、この男には相応しい。
  人の身にありながらあらゆる悦びを極め、
  そしてついには神の座を望み。
  あまつさえ我が子を殺め、神々を試したこの男には』
  
 『もはや天地が終わろうと、男の罪は赦されることなどない。
  それは当然の報いだ。

  だがしかし。
  気づいていた者が果たしていたのであろうか。
  男が永劫の罪に問われたのは、彼が神々を試したがゆえの罰であり。
  けっして、彼が我が子を殺めたがゆえの罰ではなかったことを』


 
「……詩、か?」
「おそらくは……」
「ファリス、君たち王族はみな古代ルーナライナ語の読み書きができる?」
「いいえ。読み上げるくらいならできますが、自分で文章を……まして詩を書くのは不可能です」

 ふむ。となると、昔の詩をそのまま写したか。どこかで聞いたような話の気もするが。

「いずれにせよ後で調べよう。また追手に絡まれる前に撤収するぞ、真凛ーー?」

 そこでふと気がついた。真凛がじっとこちらを見つめている。

「……真凛さん、どうかしましたか?」

 こちらを見ているのに、焦点があっていない。背後になにかあるのかと思ったが、窓もなく壁があるだけ。虚ろな表情で、瞬きすらしていない。いつもの闊達な表情が抜け落ちたその顔は、日本人形のように端正で、空おそらしさすら感じさせるものだった。

「おいおい、また腹でも下したか?今日はあんまり変なものは食ってないはずだが」

 真凛はおれの質問の意味が理解できない、といった体で小首を傾げると、つかつかと近寄り。

 その拳を、おれの腹に叩き込んだ。

「ご、……ほっ……!」

 マンガやドラマで、みぞおちを一発どすっと突くと気を失って倒れるという演出がよくある。あれが嘘であり、真実でもあるという事をおれは今はっきりと理解した。気絶をするのは嘘。ただし動けなくなるというのは事実。実際には気絶できないほどに痛い。何しろ鳩尾を打たれると横隔膜が痙攣して呼吸ができないので――。

「おま……、な、にを」

 いつもの冗談のどつきあいのレベルではない。加減こそしていたものの、間違いなく『技』だった。悶絶するおれを尻目に真凛はファリスにのしのしと詰め寄ると、

「えっ?ちょっ、あいたたたっ!」

 皇女が反射的に身を守ろうと掲げた腕の肘と肩を押さえ、あっさりと後ろ手に関節を極めてそのまま押し出す。逮捕術の基本技。外そうとししたり痛みから逃れようとすれば、自然に自分から前に歩きだしてしまう。

「真凛さん、どうしたんですか!?真凛さん!」

 女子二人はもつれながら、倉庫の入り口へと向かっていく。

 扉の向こうにいたのは。

『オツカレサマの事です。七瀬サン。スナオで助かるの事デス」

 撤退したはずの美玲さんその人だった。
 

 
 
『ルーナライナの皇女ファリス殿下。そして彼女が探し求めた『箱』。確かに回収させていただきます。お疲れ様でした、亘理さん』
「そんな、貴方達はさっき引き下がったはずでは……!」

 極められた腕をそのまま美玲さんに引き渡され、ファリスが呻いた。その手からあっさりと『箱』を取り上げて確認すると、満足げに胸元にしまい込む。

 ……くそ、迂闊も二回目じゃ笑えないぞ!

 ようやく呼吸を取り戻したおれは上体を起こす。

「あの時か。真凛と交錯したあの一瞬で、貴方は瞳術を仕込んだんですね」

 『双睛』は仕草、言葉、体香、あらゆる手管で五感を冒し人を虜にする。しかしてその真の切り札は、一族に継承された特殊な虹彩による『瞳術』だった。

 彼女の瞳を縁取る虹彩には生まれつき独特な模様が刻まれており、目を合わせた相手の無意識に、幾何学的錯視画像を覗き込んだ時のような不安定さをもたらす。そして、人間の深層心理を熟知した彼女自身が言葉とともに一定のパターンで瞳孔を収縮、拡大することにより、相手の意識を籠絡し、催眠状態に陥れるのだ。

 視線を交わし、言葉を交わし、意思を伝えるというヒトとヒトとのコミュニケーションに潜むバックドア。これを王佐の術として自在に操るべく研ぎ澄まし、血縁に刻み込み現代まで繋げた一族の末裔。それがMBSの幹部、劉颯真を補佐する『双睛』、霍美玲であった。

『ええ。最後に真凛さんが私に攻撃を仕掛けた時。あの時点で暗示を叩き込みました。地図を見つけたら、皇女と地図を確保して部屋の外に出てきなさい、とね』
「いくらなんでも、思慮の足らない未成年を騙くらかすのは年長者としていかがなものかと思うんですがねぇ」
『ご冗談を。生死の境に在る武術家の意識に暗示を仕込むなど、猛獣の口に腕を突っ込むようなものです。七瀬さんへの瞳術は、正直ここ数年でも会心の出来と自負しています』

 いくら異能の域に達した催眠術と言っても、好き勝手に命令したり、都合よく記憶を改竄できるはずはない。当然ながら意志の強い者、警戒しているものにはかかりにくい。おれも最初から気をつけていたが、美玲さんは真凛が颯真との戦いで気力を使い果たし、集中力が途切れた一瞬を狙って暗示を叩き込んだのだろう。

 二人がこのタイミングで戦闘を仕掛けてきたのは、すべて布石だったのだ。おそらく先程の襲撃の時点で何パターンかの罠を仕掛けていたわけだ。単純に颯真が真凛を打倒した場合。忍び寄った美玲さんが皇女を捉えた場合、そしてどちらも外れた場合。そしておれ達は見事に最後に躓いたというわけだ。

『さて、種明かしはここまでです。貴方のお得意な時間稼ぎも、二度は通じません』
「……そりゃどうも」

 尻ポケットで閃光弾モード充填完了の『アル話ルド君』を抜き放つ暇は与えられなかった。片手で皇女の腕を捕らえつつ、もう片方の腕で飛針を構え、ぴたりとおれの眉間に狙いを定める。小細工など通じない、と言わんばかりの見事な残心を意地しつつ、美玲さんはファリス皇女を捉えたまま後退する。つけこむ隙は、ついに見いだせなかった。

「……ファリス、すまない。少しだけ我慢していてくれ。必ず迎えに行く」
「亘理さん、私はいいです。それより『箱』を、どうかこの人達に解読される前に……!」

 扉が閉まる。

 窓の外にかすかにハイブリッド車のモーター音。MBSのバックアップチームの用意した車だろう。構内は許可車両しか乗り入れてはいかんというのに。

「……あれ?ボク、何を……?」

 扉が閉まると同時に暗示が解けたのか、真凛が呆然とつぶやいた。

 完全にしてやられた。MBSがおれ達を暗号獲得のために泳がせていると知り、襲撃の目的も理解していながら、最後には出し抜く自信があった――、その結果がこれだ。

「ちくしょう!」

 おれの怒声と蹴り飛ばしたゴミは、閉じられた扉に虚しく弾き返された。

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