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比べる比べる比べる。

この字をずっと見ていると、
「比べる」の「比」の部分さえ2つに分けて、
その隣合わせになっているカタカナの「ヒ」のような形の違いを
「比べてしまう」のではないだろうか。
でもよく見ても、
別にほぼ同じような「ヒ」が並んで「比べる」になっているだけ。

実際、この「比べる」の字の成り立ちは
「人が二人並ぶ」の象形からきているらしい。
つまり、人なんだから、形としては大体同じだと思われる。

人が二人並んでいる…
やはり「自分以外の人がもう一人存在する」というだけで、
人は比べ、比べられてしまうのだろうか。
こうして考えてみても、
みんな、比べるの好きですもんね。

物を買うときは、良い面悪い面、メリットデメリット、高い安い…
そうやって比べてから、一番良さそうな物を買うと思う。

けれど、人と人を比べて、
単純に「できる」「できない」に分ける。
それでいいのだろうか。

私自身、要領が悪くて効率よくできないタイプなので、
それでばっさり分けられると、正直とても辛い。
このことについては昔からずっと経験してきているので
いわゆる「できない」に振り分けられた側の気持ちは
すごくよくわかる。

しかし、そんな私も知らず知らずのうちに、
人をそうやって比べているんだろうな。
残念ながら。

あぁ嫌だな、そんな世界。
私は優しい世界を創りたいのに。

でも、そんなふり分ける世の中に、
しっかり染まっているんだろうな。
一気に染められたらもちろん抵抗するけれど、
じわじわ染み込むものには、恐らくほとんどの人は気づかないと思う。

けど、諦めたくない。
諦めたくないんだ。

私は人を比べたくない。
比べたくないんだ。

だって、私はそっち(側)の人間だから。

比べることも必要だけど、
物や事柄に対しての前向きな検討だけだったら、
とっても楽なのにな。
今や、比べることで
みんな悲しい思いをしたり苦しくなったりすることが
多いんじゃないかな。
まぁ、自分がそうなわけで。

あー、
「比」が「人が二人並ぶ」という成り立ちなのだとしたら、
ただ、並ぶだけでいて欲しかった。
ただ、並ぶだけ。
比べるんじゃなくて。
ただ、並ぼうよ。


ではまた。

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