見出し画像

【東海道】岡崎二十七曲りを歩く⑩材木町~魚町 寄り道~松平広忠公と所縁ある白山神社


はじめに

岡崎城と近距離ということもあり、松平家と所縁のある神社仏閣が多いエリアを歩いている。今回も東海道沿いに家康公の父君・松平広忠公と所縁がある「白山神社」に寄った。
「あのあたりに神社がある」ということは何となく知ってはいたが、由緒までは全く知らず。私の歴史を辿る旅も情報発信の一助になれば幸いだ。

今回の旅の概要

前回までの旅路は以下の記事を参照いただけると幸いだ。

今回の旅を以下のとおりにお示しする。

赤:今回の旅の始点・終点 水色:史跡、神社仏閣 緑:東海道
岡崎城のほど近くだ
画像出典元:Googleマップ

今回の旅の始点は「旅の目印”ぬ”」

旅の目印”ぬ”に従って、道なりに350m進む

350m道なりに進むと「旅の目印”る”」に接する。
加えて、「旅の目印”る”」は伊賀川沿いにある。

旅の目印”る”

伊賀川の手前、もう少し道なりに進むと国道248号線がある「旅の目印”る”」
桜の名所として岡崎城がよく知られているが、この伊賀川沿いも桜並木が並んでいる。散策ついでに花見には伊賀川沿いを歩むことも良いだろう。

「旅の目印”る”」
伊賀川を背に御影石の旅の目印

下記のような二十七曲りのマップもあった。

「旅の目印”る”」、御影石の旅の目印、上記 この3点
まとまって設置されている

この曲りを旅の目印が示すとおりに曲り、岡崎城に向かって歩く。

少々細い道を伊賀川に沿ってしばし歩む

家康公の父君・松平広忠公と所縁ある白山神社

上記の画像で赤い旗が複数見える。ここを目指して歩みを進める。

白山神社の入口に何か祭る観音堂

観音様に手を合わせ、白山神社へと進む。

少々の傾斜あり

上記の画像は東海道に沿って歩いた場合だ。
私は「旅の目印”る”」の1つ手前の角を(名古屋方面に向かって)左折し、正面から参拝した。

大正10年2月に建立された碑

神社の御由緒。

【要約】元は大林寺境内に在り
天文十六(1547)年、松平広忠公が兜内に納めていた守護神をお祀りし社殿を建立
以降、現在地に移転し現在に至る

松平広忠公が兜の中に納めていた守護神をお祀りした神社だ。元は大林寺(家康公の祖父・松平清康公の墓がある)境内にお祀りされていた神社だ

常夜灯
本殿
住宅街にたたずむ静かな神社だ
目力強めの狛犬様

本殿の宝殊……本殿屋根にあったものかーー。
横に鬼瓦あり。

宝珠の説明があった
戦国時代の鬼瓦
現存していることがすごい

非常に大きな木。ご神木かーー。

ムクノキの模様

白山神社境内から伊賀川を望む。

のどかな風景

白山神社を参拝し、東海道・岡崎二十七曲りに戻る

東海道をさらに進む

白山神社を後にし、東海道を歩むと正面に岡崎城が見えてくる。

土手も芝生?で良い散歩道

ふと横を見ると伊賀川も流れが穏やか。
(普段は流れが穏やか・水量も多くはないが、氾濫した過去もあるため大雨が続いた時はご注意を)

土手を降りてみた
小さな小魚が泳いでいた。休憩はリブラ(図書館)近くがおすすめだ
時折、散歩をしている方々とすれ違う

今回の旅の終点へ

伊賀川沿いを歩くと正面にリブラ(岡崎市中央図書館)が見えてくる。

正面がリブラ(岡崎市立中央図書館)
コンビニ併設のため、休憩にはもってこい
右折ししばし歩くと大林寺

この角に、御影石の旅の目印がある。
※旅の目印はないためご注意を

御影石の目印で(名古屋方面)右折し、東海道は続く。

草刈りしたい……

まとめ

ここから先が少し案内が悪い……というよりも現代の道に東海道を当てはめていると思われるため、道に迷っている方を多く見かけた。
また、「岡崎二十七曲りはどこで終点なんだ……」と途方に暮れている旅人を何組か見かけたし、私自身もどこで終わって良いのか分かりかねた。

「おおよそここで終わりだろう」という岡崎二十七曲りの終点と「できればここまで歩いてください」という個人的なおすすめの終点を示していきたい。

番外編(寄り道)を含め、東海道・岡崎二十七曲りの旅はあと4回で終わるかと思う。
もう少しお付き合いをいただけると幸いだ。


最終改定: 令和 年 月 日( 回目)
※後に読み返した際に変更があれば、改定日を修正いたします

【注意事項】
著作権の観点から、無断引用・転載はお控えください。
引用・転載の際は必ずお声がけください

【参考】
Weblio辞典
https://www.weblio.jp/content/%E5%AE%9D%E7%8F%A0



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?