【仏閣/史跡巡り】大乗寺・安城城址本丸跡(愛知県安城市)
はじめに
前回の記事で「織田信秀公が三河侵攻の拠点に安城城をーー」と記載した。
今回はその安城城址を先日に訪れた記録に触れたいと思う。
かつて、松平郷(現・豊田市松平町)に居住した松平親氏の孫にあたる松平信光が安城城を奪取し、家康公の祖父・清康公が安城松平家4代目となられた。
そのような由緒のある城(城址)だ。
今回の訪問地
先ずは、大乗寺の場所を以下の通りにお示しする。
安城市歴史公園(安城城址)
駐車場近くに以下の案内図。
涼しげな水辺に沿ってしばし歩く。
また別の案内板。
大乗寺(安城城址・本丸跡地)
駐車場からしばし歩くと、道沿いに石柱。
※この日はなんらかの工事中。依って、仏閣にまっすぐには進めず
厳かな日本建築と緑に思わず見惚れる。
曇りのはずがいつの間にか晴。(非常に暑かった)
一礼して境内へ。
本殿に向かって左奥にお地蔵様。
参拝し終え、山門を振り返る。
山門の瓦にも葵の御紋
非常に厳か、かつ、優美な寺院だった。
本多忠高墓碑
大乗寺内に本多忠勝公の父君・本多忠高公の墓碑があった。
善恵坊の碑
駐車場から大乗寺に向かう途中にヒッソリと佇む碑を見つけた。
安祥村の法師とあるが、僧兵だろうか。
自分が住まう土地を守るための戦いだったのか、ただただ合掌。
七つ井 -風呂井ー
今回のまとめ
かれこれ先祖の歴史と向き合い1年半強。
実社会で歴史を変えたくない方々と対立し1年強。
どうしても辛くなることがある。
しかし、このようにしっかりと歴史が遺っている場所に訪れると「このままでは終われない」という気概になる。
前を向く力を分けてくださる古の方々、その歴史を遺してくださった方々、また、このアカウントの記事を読んでくださる方々に感謝の気持ちしかない。
今の私にとって、歴史ある場所を巡ることは偽りない癒しだ。
最終改定: 令和 年 月 日( 回目)
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【参考文献】
『新編 安城市史1 通史編 原始・古代・中世』
『歴史散歩道』~安祥城址と古戦場めぐり~ 安城市教育委員会発行
(リーフレット)
https://www.city.anjo.aichi.jp/shisei/shisetsu/kyoikushisetsu/maibun-sanpomichi.html
【参考サイト】
安城観光協会HP;https://kanko.anjo-tanabata.jp/
【画像出典元】
Googleマップ
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