なぜあの人は毎週サッカー観戦に行くのか? ―アウェイ遠征学概論―
1.「サポーターの朝は早い」
▼今日も今日とて旅をする
サポーターの朝は早い。
Jリーグサポーターである私のTwitterアプリの画面は、週末の朝5時頃から、このような言葉で溢れます。そして私がその言葉を眺めているのもまた、「サポーターの朝は早い」からなのであり、私もその「狂気」の一部となって、旅の支度を始めるのです。
Jリーグでは、2月末の開幕から、12月初頭のシーズン終了までの長い期間にわたり、全国各地で試合が行われます。全日程のうち、半数の試合は各クラブの本拠地で行われますが、残り半数の試合は敵地での試合となります。
各クラブのサポーターの多くは、そのクラブの本拠地に住んでいます。しかし私のように、進学・就職などで故郷を離れた等の理由で、本拠地から遠く離れた場所で応援している人も、一定数存在しています。そのようなサポーターにとってホームゲームとは、なかなか気軽に行けるものではない、遠い存在です。
そのため、我々――ここでは「アウェイの民」と称することにしましょうか――は、自然とアウェイゲームに赴く機会が多くなります。
「アウェイの民」の多くは、福岡、大阪、名古屋、東京など、主に大都市圏の周辺に生息しています。大都市圏には新幹線の駅、ハブ空港などの交通の要衝が、多く存在しています。そのため、地方都市と比べて、大都市圏からのほうが、時間的な意味でも金銭的な意味でも、全国各地への移動が容易です。
このような理由から我々「アウェイの民」は、まるで街中に買い物に行くような感覚で、日々、全国各地のアウェイゲームへと赴いています。
(写真:大都市からのアクセスのイメージ、大阪の自宅から始発で出発することで、10時前には仙台に到着できるのである。)
▼アウェイゲームへの誘い
Jリーグでは、毎年1月ごろに年間の試合日程が発表されます。我々「アウェイの民」にとっては、一大イベントです。
日程表を見て気になるポイントは、サポーターの数だけあります。自宅から行きやすい近隣のアウェイゲームの開催日はいつか。平日のナイトゲームはどこで開催されているか。初対戦となるクラブとの試合はいつか。ともかく我々「アウェイの民」は、日程発表が近づくと、落ち着かない日々を過ごすことになるのです。
「アウェイゲームは年間の半分もあるのだから、毎週毎週行かなくたっていいじゃない」。時の王妃のように、そのようなことを仰る方もおられるかもしれません。
しかしながら、そうは問屋が卸さないのです。
アウェイゲームというものは、各対戦相手に対して年間1試合しか組まれない、まさしくクラブの数だけ存在する、年に一度の一大イベント。そこでしか味わえない楽しさ、快感、エクスタシーは、時としてホームゲームより濃厚なものになります。
この記事では、私が考えるアウェイゲームの魅力について、3つのトピックに分けて考えてみました。緊急事態宣言下の世において、我々は「人流を抑制せよ」「大都市圏との往来を自粛せよ」という言葉を、飽きるほど聞かされ続けています。そしてこれらの言葉により、我々「アウェイの民」は、一種の禁断症状に苦しめられています。
現在は、声を発しない応援のみが許される、いわばアウェイゲームの「部分解禁」状態です。来るべき「アウェイゲーム合法化」の時に向けて、この記事をきっかけに、私のような「アウェイゲーム中毒者」が少しでも増えることを願い、筆を執りたいと思います。
(画像:私が一番アウェイゲームを感じる瞬間「食事の密輸」、2019年、カシマスタジアムにて)
2. マイノリティ・リポート
▼我々は、よそ者である。
我々「アウェイの民」は、当然ながら敵地においては、マイノリティの存在となります。街中においても、スタジアムにおいても、私の周りにいる人間の大半は、敵地の人間です。私も含めた我々「アウェイの民」は、敵地における滞在時間の大半を、よそ者として過ごすことになります。
敵地の街中においてよそ者として扱われることは、私の気分を高揚させてくれます。本拠地や自分が住んでいる街では、何者でもない、ただの通行人にすぎない存在が、敵地においては「アウェイの民」という属性を獲得することができるのです。
敵地を歩いている時、私は孤独なよそ者です。しかしながら私は同時に、見慣れぬチームのグッズやユニフォームを身に着けた、「アウェイの民」でもあるのです。そして「アウェイの民」であることで、私は多くの新たな出会いとめぐり逢うことができます。
▼我々は、招かれざる客である。
敵地の街中においては「アウェイの民」として歓迎されても、スタジアムにおいては、必ずしもそうはいきません。よそ者である我々には、時として厳しい現実が待ち受けています。
ビジター席のスタンドに屋根がない。そもそもビジター席がわずかしか用意されていない。スタジアム内の主要な導線からは隔離され、名物のスタジアムグルメすら味わうことを許してもらえない。場所によって程度のほどはありますが、時として我々は、ここが敵地であるという現実を、明確に突きつけられます。
時に我々は「招かれざる客」であり、大いなるハンデを抱えて、選手とともに対戦相手に立ち向かうことになります。しかし、この圧倒的不利な状況にこそ、アウェイゲームで味わえる最大の快感が眠っていると私は思います。大いなるハンデを覆して、マイノリティが一気に逆襲する快感を求めて、私はアウェイゲームに行くのです。
(写真:グランパスロードのようす、2018年、瑞穂運動場東駅にて)
▼尾張からはじまりを
2018年、私が応援しているV・ファーレン長崎は、クラブ史上初めてのJ1リーグを戦っていました。
開幕当初は4連勝を飾るなど健闘したものの、ワールドカップによる中断期間以降は失速。夏場には5連敗を喫し、順位は最下位にまで転落。連敗ストップをかけた次の試合の相手は、目下7連勝中の名古屋グランパス。圧倒的不利の下馬評の中、私は敵地・パロマ瑞穂スタジアムへ向かいました。
試合前は、和気あいあいとした雰囲気で、楽しいイベントが数多く開かれています。V・ファーレン長崎のクラブマスコットのヴィヴィくんと、名古屋グランパスのマスコット、グランパスくんご一家との交流。名古屋に縁のあるミュージシャンが集まって開催される、音楽ライブイベント。
秋のはじまりの心地いい風が吹く中、私も試合前の雰囲気を楽しみながら、「アウェイの民」であることを満喫していました。
(写真:試合前のヴィヴィくんとグランパスくんとのツーショット、パロマ瑞穂スタジアムにて)
しかしながら、名古屋グランパスはJリーグ創設時から存在する、伝統あるクラブ。ひとたびスタンドに足を踏み入れるとそこは、日本を代表するビッグクラブのホームスタジアムです。そして、私も含めた我々は、ここが敵地であることをありありと見せつけられます。
ビジター席はマラソンゲートで分断され、200~300人とおぼしき長崎のサポーターは、物理的に一つにまとまることができません。時折小雨が降る天気の中、眼前に広がるのは18,477人を詰め込んだ、グランパスサポーターで超満員のスタンド席。
まさしく圧倒的不利を絵に書いたような状況で、長崎の選手、監督、スタッフとサポーターは、「桶狭間の戦い」に臨みました。
(写真:ほぼ満員のスタジアムをビジター席から見たようす)
▼逆襲劇
スタジアムにおいてサポーターという肩書を背負っている時、私のマゾヒスティックな部分が顔を出します。
2万人弱が唸りを上げて音を立てる中、私は自分の声がどれだけかき消されようとも、精一杯声を出します。飛び跳ね、腕を振り上げます。試合終了の笛が鳴るまで、自分をひたすらに追い込みます――その先に待ち受けるかどうかも定かでない、最高の快楽のために。
降りしきる雨の中で、私は声を、足を、腕を、さらに加速させます。
後半11分、長崎・鈴木選手がこの日3点目となる勝ち越しゴールを決め、一瞬静まり返ったパロマ瑞穂スタジアム。私の目の前には、歓喜する長崎のGK・徳重選手と、一瞬時が止まったかのように動かなくなったスタンド。静寂に包まれたスタジアムの中で、たった2ブロックだけ、まるで空気の読めないマイノリティがいます。
その一瞬だけ、圧倒的敵地のスタジアムの主役は、我々になったのです。
試合は名古屋・ジョー選手に2得点を奪われるものの、3-4で長崎が勝利し、連敗を5で止めました。試合終了後の中村選手の涙。その肩を笑顔で抱く選手。肩を組んで涙するサポーター。それらすべての光景が、ブーイング交じりの静寂に包まれるスタジアムを背景に繰り広げられます。
下馬評を覆し、ビッグクラブに一泡吹かせ、背負っていたさまざまな苦しみから解放され、感情をあらわにする、選手とサポーターの姿。その姿は、圧倒的不利な状況において、特に輝きを増し、我々の心の中に色濃く刻まれるのです。
(写真:歓喜の瞬間を終え、ベンチへと戻る選手たち)
3. ウェンズディ・チャイナタウン
▼アウェイの美味しさ、凝縮しました。
私のような「アウェイの民」を興奮させる3つの単語として、「平日」「遠方」「ナイトマッチ」というものがあります。
有給休暇の取得、仕事の調整、周囲からの目――あらゆる困難を乗り越え、敵地に乗り込むその姿は、まさしく猛者の集まりです。敵地においてマイノリティとして過ごす快感は、これらの困難で煮詰めることで、さらに濃厚で美味しく頂くことができます。
私自身、珍しいものとして扱われることや、目立つことが嫌いでないこともありますが、そんな困難を乗り越えて向かうアウェイゲームが、私は大好きなのです。
▼チャイナタウンへようこそ
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サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…
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