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四十年振りの“リハビリ”

昨日、5月5日の午後は、本八幡駅から徒歩約1分足らずの好立地にある「Cool Jojo」にて、坪内佑美さんと外谷浩章さんによる「オープンマインドJazzワークショップ」で、親身のご指導をいただきありがとうございました。

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今回のライブ&セッション&レッスンに向けて、ヴァイオリンのメンテナンスと自主トレをやろうとしたのに、どうにも時間が取れないという“言い訳”とともに、ぶっつけ本番で約四十年振りに、弓を手に取りました^^;

当然、自分のイメージする音程と、それにシンクロさせるべき運指が着いていけないもどかしさに苦しみましたが、まずは“リハビリテーション”を開始できたことに安堵しております。

ブルースコードによるアド・リブチャレンジなど、他の参加者の皆さんのレベルの高さに対して落ちこぼれ気味でしたが、還暦過ぎの“手習い”再開として、大目に見ていただければ幸いです(笑)。

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ヴァイオリンを始めた切っ掛けは、小学校4年生の時に、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を、当時の大人気ヴァイオリニストのハイフェッツが演奏するレコードを聴いて突然自分でも弾きたくなり、

何と、ハエとりスティックを顎に挟んでヴァイオリンを弾く真似をしたら、さすがに親が不憫に思って、当時、公務員住宅を巡回指導する先生を見付けてくれて練習を始めたのですが、最初の切っ掛けのレベルが高過ぎて、どうにも上手くならないので練習に身が入らず、その後は、常にレッスンの直前に初見で楽譜を練習して臨むものだから先生に呆れられていましたね^^;

中学の時には部活では弦楽器がなかったので吹奏楽部でユーフォニアムを吹いていて、個人レッスンは細々と続けていて、高校では、今度は吹奏楽部がなくてオーケストラ部しかなかったので、第二ヴァイオリンで惰性のまま加わっていました。

ただ、ちょうどフォークソングのかぐや姫の「神田川」がブームとなり、イントロでヴァイオリンが俄然脚光を浴びていたので、文化祭でフォークソング部からイントロ演奏要員として声が掛かったのが唯一のモテ期できたね(笑)。

その後は、部活を人間関係などの悪化で途中で退部して、いったん、演奏活動からは身を引いていました。

その後、社会人になった1980年代に、職場の同僚の結婚披露宴の余興で、同じ職場の女子たちがお祝いのコーラスを披露する際に、私が昔ヴァイオリンを弾いていたことを聴き付けて、伴奏をしてくれと依頼されたことがありました。

渡された楽譜は、山口百恵さんが歌った「秋桜(コスモス)」で、さだまさしさんが作詞作曲した、花嫁として家を離れる女性が、これまで育ててくれた親に感謝する気持ちを伝える歌でした。

この時点で、高校時代にヴァイオリンの弓を置いてから約十年の月日が経っていましたが、職場結婚する同僚に対する女性陣の祝福の気持ちにほだされて、何とかやってみる気持ちを奮い立たせました。

ただ、その当時は、「コスモス」を聴いたことがなかったので、彼女たちに、事前にア・カペラでコーラスをカセットテープレコーダーに録音してもらって、それを何度も聴き返しながら、ヴァイオリンの練習を重ねました。

十年振りとはいえ、体に演奏技術が身に着いているはずと、気軽に再び弓を取ったのですが、楽譜を読みながら音程は取れるものの、実際に演奏を始めると、指が正しいポジションで弦を押さえられないことが何度も感じられてじれったい想いに苛まれました。

耳は、正しい音程を捉えているのですが、指=運指がそれに着いて行かないのでしたね^^;

それを、休日出勤した職場の会議室に籠もって、1日掛けて“リハビリテーション”を敢行して、何とか格好を整えて、本番に臨んだ記憶があります。

ヴァイオリンの音量は、皆さんが思っているよりも遥かに大きく、自宅で練習したら近所迷惑になるし、その頃は、カラオケボックスなどという便利な空間は存在していなかったので、それしか大音量で練習できる場所はなかったのでした。

まあ、その“秘密特訓”のお陰で、結婚披露宴の余興の当日は、女性陣の心の籠もったコーラスを何とかサポートすることができて好評を博したのですが、やはり、自分のイメージする演奏と、現実とのギャップを痛感して、それを最後に、ヴァイオリンと弓をケースに仕舞い、一緒に、その時に貰った、手書きの「コスモス」の譜面を入れたまま、四十年の年月が経過しました。

そんな状態から、再びヴァイオリンを再開してみようと思った理由ですが、縁あって、ブラジル音楽の打楽器の「パンデイロ」という、一般的にはタンバリン形状に似ているが、ブラジル音楽のショーロやサンバやボサノヴァで演奏される、独特の奏法が特徴の楽器を習う機会に恵まれ、3年ほど前から、グループのワークショップと個人レッスンを受けているうちに、ブラジル独特の打楽器が面白がられて、ジャズやブラジル音楽のセッションと呼ばれる、飛び入り参加形式中心にシットインするようになりました。

演奏会やアンサンブル形式には、学生時代に親しんでいたので、昔とった杵柄で何とやら、割と気軽に参加して、次第に場馴れすることができるようになりました。

そのうち、私と同様にアマチュアでシットインする人たちの中には、自分の担当する楽曲以外にも、別の楽器で演奏している人たちもかなりいて、結構楽しそうに演奏している姿を羨ましそうに見ていたら、私もパンデイロ以外の楽器も演奏してみたいと思いましたが、何をやったらいいのだろうと思っていたら、

そうか、昔演奏していたヴァイオリンをもう一度再開すれば、基礎は身に着いているのだから、何とかなるのではないかと思ったのが約1年前で、まずは、ヴァイオリンのケースを四十年振りに、恐る恐る開けてみたら、悲惨なことになっていました^^;

楽器本体は、筐体に負担を掛けないように弦を弛めていたので大丈夫でしたが、弓は、馬の尻尾の毛で作られているので、さすがにボロボロに劣化していて、膨れ上がっていてところどころ切れていました。

ヴァイオリンケースも、さすがに古くなっていて格好悪いので、最近流行りの合成樹脂製のモダンでオシャレな感じのケースを購入して、弦を新調して、弓も買い替え、チューニングも、最近は電子機器のチューナーで合わせるようですが、昔は2弦の和音を弾きながら耳で聴いて合わせるしか手段がなかったのですが、今は便利な世の中になりましたね。

後は、正しい音程を揃えるための音叉と、練習用のミュートと肩当てまで購入して、ようやく形的に整えることができました。

ところが、自主トレをしようとするのですが、元々練習嫌いな性格でしたので、なかなか再開する気が起きませんでした。

そうこうするうちに1年があっという間に経過して、これは困ったなと思っていたところに、縁あって、ジプシーヴァイオリニストの坪内佑美さんと知り合うことができて、今度、「オープンマインドJazzワークショップ」を開始されるということを伺い、やっとこの場に望むことができました。

さすがに、ぶっつけ本番でヴァイオリンケースを開けて演奏を始めて、いきなりブルースコードでセッションに加わるという無茶振りの荒療治でしたが、大変面白い体験をすることができました。

さて、まずはリハビリの完遂目指して頑張りますのでよろしくご指導ください♥


#創作大賞2023

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