船頭さん
「船頭さん、行ってらっしゃい!」
朝の漁港に女の妙に明るい声が響いた。しかし誰も声の主に返事をせず各々の舟のエンジンを吹かせて海へと向かった。
女は船が海へ向かっても漁港を離れずずっと舟置場のコンクリートに腰を下ろして海へ足をぶら下げでいた。その海には朽ち果てた船がプカプカと浮いている。この船は元々誰ぞの漁船だったらしい。
漁港で働くものはその女を遠巻きに見て憐れんでいる。昔は彼女に声をかけるものはいた。だが今は誰も声はかけない。
その女の元にいつものように村の爺さんがやって来た。この爺さんはすでにボケが入っていて、時折警察のご厄介になる。この島で女に声をかけるのはこの爺さんだけだ。爺さんは海に足をぶら下げている女のそばに寄って饅頭を渡して言う。
「旦那さんはいつ漁から帰ってくるんだい?明後日かね?」
女はボケた爺さんの毎日の同じ質問にいつものように笑顔で答える。
「そうだね!多分明後日あたりだね!お魚大量に積んで帰ってくるよ!」
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