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世界を刻む

 トンカツ屋『正兵衛』の包丁人鬼頭刀平はキャベツの千切りの名人だ。もしキャベツの千切りオリンピックあったなら彼は間違いなく金メダルだろう。彼の刻んだキャベツは機械で切られたキャベツよりはるかに細くそして柔らかい。恐らくキャベツねお店に来る客はトンカツより刀平の刻んだキャベツを目当てに来るほどだ。とある客は彼の千切りの食べ、その綿あめにもにた柔らかい食感に感激して涙ながらこう叫んだ。

「美味しい!キャベツがこんなにシルキーだなんて思わなかったわ!」

 しかし刀平はキャベツの千切りこそ世界一であったが肝心のとんかつの腕前は三流であった。『正兵衛』の親方に弟子入りしてだいぶ経つがとんかつの腕前は一向に上がらなかった。とうとうさじを投げた親方は沈痛な表情で刀平にこう告げるのだった。

「刀平よぉ、お前さんはキャベツの千切りは超一流だけど、とんかつを揚げるのは三流だな。これじゃ店は持てねえよ。諦めてキャベツの千切りに専念しろ。刻めるものなら何でも刻む勢いで刻んじまえ。そうしたらお前さん、超一流の包丁人になれるぜ」

 これは残酷な審判だった。幼い頃から憧れて飛び込んだとんかつ職人の道が今こうして彼の目の前で閉じられたのだ。だが彼はそれでも負けなかった。とんかつがだめなら包丁人の道へ行こう。親方の言う通り刻めるものなら何でも刻んでやる。彼はそれから包丁人の道を極めるために刻めるものならあらゆるものを刻んだ。今、包丁で刻んでいる彼の姿はまだ若いのに、もう匠の風格さえある。とにかく刻むんだと彼は今無心で刻んでいる。

「おい、刀平。俺の腕時計見なかったか?ロレックスの時計なんだけど。.......ってお前何包丁で俺の時計刻んでるんだ!そのロレックスの時計何百万したと思ってるんだ!」

「親方。俺は刻めるものはみんな刻めっていう親方の言いつけを守ってるだけですよ。それがどうして悪いんですか?」

「バカヤロー!それは刻み違いだぁー!」



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