日本の黄昏

 今や日本は没落寸前なのさ、と突然金麿隆が言いだした。金麿の言葉にその場にいた人間は驚いて一斉に彼を見た。見ればわかるように金麿はその名前に反してごく平凡な育ちの平凡な男である。そんな男が達観したように上のような事を言ったので皆ビックリして言葉が出なかった。金麿隆はそんな彼らに哀れみとも軽蔑ともつかぬ視線を向けながら話を続けた。

「人のものも腐ってゆくこの日本で決して汚されないものってなんだと思う? それは高貴な精神なのさ。僕はこれからの人生はその精神のままに生きようと思う。自然を見て感動する心を。本や絵画を見て知的な悦びを味わう心を。そういう純粋なる精神とともに生きてゆくつもりだ。凡庸な君たちの没落の海に沈んでゆくさまを見ながら飲む一杯の茶ほどうまいものはない。名前に反して貴族とは程遠い僕だが、精神は貴族よりも高貴なのだ。ああ! 一杯の茶を飲みながら見るこの日本の黄昏はどんなに美しいだろう!」

 金麿はそう言い終わるとお茶のセットを片手に風船をいっぱいつけた乗り物に乗り込んだ。彼は乗り物に乗り込むとその場にいた人間に「さぁ、僕を高貴なる世界に連れて行っておくれ」と縄を切るように頼んだ。彼らは金麿隆の言う通り、彼を高貴な世界を連れていくために乗り物を地上に停めている縄を断ち切った。

 金麿隆を乗せた風船をつけた乗り物はものすごい勢いで舞い上がりあっというまに小さくなった。そして風船は黒い人影を振り落として遠くの高貴な世界へと飛んでいった。


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