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消えゆく男

 朝起きて郵便受けを見たらそこに一枚の封筒があった。取り出してみると封筒には差出人の名がなかった。だけど私はその私の住所を書いた筆跡から差出人が誰かすぐにわかった。こんな事をする人はあの男しかいない。開けてみるべきか、それとも捨てるべきか。私は捨てたほうがいいと思った。あの男とはいい思い出など何もない。思い出したくもないことだらけだ。耐え切れず私は彼に向かって二度と私の前に現れないでと訴えた。なのにどうしてこんな手紙を。

 私は封を破らずそのままちぎって捨てようと思った。だけど封筒を握ったその時彼の顔が思い浮かんできて、手紙ぐらい読んでおこうと思い直した。いやな思いでしかないけど、彼なりに私を愛してくれたんだし、その彼の想いの籠った手紙を捨てていいはずがない。私はそう思って手紙を開けた。そして私はその手紙の内容に衝撃を受けた。そこには彼が自分の余命が残り一週間である事が書いてあったのだ。

『愛する人へ。僕はもうすぐ消えようとしている。あと一週間で、いやひょっとしたらそれよりも早く、あなたの視界に写る僕の存在は消え、僕は自由になるだろう。その前に今まで僕がしでかした事を詫びるよ。僕はあまりにもあなたを愛しすぎ、それゆえに君を傷つけてしまった。あなたの背中を追って駆けた日々は僕にとって最高の時間だった。ありがとう。最後の最期まで迷惑のかけ通しだったけど、やっぱり君は僕の最愛の人なんだ。だけどこれで僕は終わりじゃない。あなたがいつも疎ましがっていた僕は一旦消えても、すぐにまたあなたの下に現れるさ。いつか僕は……』

 そこで私は手紙を読むのをやめて部屋の中を見た。彼のいない、昨日と同じ部屋だった。私はふと思った。もしかしたら彼はもう消えてしまったんじゃないかと。私は再び手紙の続きを読み始めた。

『いつか僕はあなたに逢いに行くよ。そう、近いうちにね。多分君の背中に現れるよ』

 手紙はそこで終わっていた。私は手紙をテーブルに置き部屋の壁に立ててあった箒を持った。彼が私に逢いに来る。しかもいくらもしないうちに。私は箒を持ったまま部屋に立った。

「ほら、来たよ。お約束通り君の背中に現れたよ!君が僕の手紙を読んでくれるとは思わなかった!だって僕はストーカーだから!君をつけ回して何度も網走送りにされているから!ありがとう!君もやっぱり僕にストーキングされたかったんだね!僕はこれから透明人間になって君をストーカーすることに決めたんだ!だからこれからも、あぶぱ!」

 私は箒でこのストーカーが透明人間なので心行くままぼっこぼっこのぼっこぼっこにしてやった。ああ!消えるってそういうことだったのかよ!ちょっとおセンチになった私がバカだった!このクソストーカーめ!元に戻るまでこのまま延々と殴り続けてやる!

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