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消えた画家

 超シュールレアリズム画家クリストフ・ハスクリーが行方不明になった事はあなたも知っているだろう。あのエルンストやダリを遥かに凌ぐ緻密な画風でもう一つの現実を描き世界を驚嘆させたあの画家の突然の失踪はあれほどの大ニュースになったのだから。クリストフは失踪する前に我々に対してこう書き残していた。

私は真の現実に向かって旅立つ事にした。さらばこのかりそめの現実よ。しかし諸君。これは永遠の別れではない。なぜなら我々はいつでも会うことができるからだ。私の作り出したこの現実の中で。
クリストフ・ハスクリーの書き置きより

 最初にこれを見つけた時誰もがそう思うように私は彼が自殺したと思った。しかし疾走する直前に会ったクリストフはまったくそんな素振りを見せなかったのだ。ただ彼は熱狂に憑かれたように日本のアキバについて語っていただけだ。

「私はいつか日本のアキバに住みたい。あの場所こそが私の住む場所なのだ。あそこで沢山のアニメと沢山のフィギュアに囲まれて暮らしたい。いや、いっそそのアニメやフィギュアになってしまいたい」

 私は彼の冗談に笑い。彼も笑ったが、まさかその三日後にこうして失踪してしまうとは。

 クリストフ・ハスクリーはイングランドの貧しい労働者階級の家に生まれた。彼はその貧しい暮らしの中で毎日いろんな夢想していた。ゴージャスなハリウッドの。王侯貴族の夜毎の社交界。彼の超シュールレアリズムはその夢想を叶える手段だった。そうして彼は画家として成功したのだが、しかし彼の夢想は高まるばかりであった。彼はハリウッドも王侯貴族の世界の現実を知り失望したが、それが彼の夢想をとどまらせる事はなく。彼は夢想は見果てぬ世界へと広がって行った。そんなときに彼はたまたま日本のアキバがニュースの特集でやっていたのを観たのである。彼は観た瞬間これぞ自分が生涯探していた夢のそのものであったことを確信した。彼はそれからアキバをイメージした絵を描くようになり、世間はハスクリーのあまりの画風の変化に頭がおかしくなったと騒いだが、しかし美術界はハスクリーの齢80を超えてのこの変化を未だ衰えぬ前衛と歓迎したのである。

 私はある日突然日本の知り合いからのメールを受け取った。彼もハスクリーの研究者であり、私と何度も会合で会っていた。その彼がメールに驚くべき事を書いていたのである。

 ハスクリーは日本のアキバに滞在している。だが彼はある人間に拘束されてしまっていて、全く動けない状態だ。私も彼を助けようとしたが、彼は誘拐されているわけではないので助けようがない。だから今すぐ日本に来てくれ。できればあるの程度お金は持ってきてほしい。それで彼を救えるかもしれない。
日本の研究者のメールより

 私はこの尊敬する友を救おうとすぐさま日本のアキバへと向かった。私は日本に来ると早速研究者に会い、二人でアキバに向かった。一体どうしてクリストフが日本に来ているのか。なぜクリストフが拘束されているのか。誘拐ではないから警察に訴えられないだと?拘束されているのに誘拐ではないとは日本の法律は一体どうなっているのか。この国では誘拐はお金で解決するものなのか。と私はアキバの中を歩きながらずっと考えていたが、突然日本の研究者はアニメやフィギュアが描かれたビルの前に止まり、ここにクリストフ・ハスクリーがいると言った。私はこのビルの外装を見ていかにも怪しげだと思うと同時に、このビルのデザインがクリストフが近年描いていたものとそっくりであることに気づき思わず目を見張った。そのまま私は日本人の研究者に案内されるがままにとある密室へと入ったが、そこにアニメのTシャツを来たデブの男が愛想よく日本人研究者に挨拶をしてきた。

「お客さん。また来たんですか?あなたも好きですねえ~。だけど見るだけってのもなんですねえ~。いい加減買ってくださいよぉ~。ウチもねえ~。変な外人の爺の絵なんかいつまでも置いておきたくないんですよぉ~。だから買って!五十万に割引するから今すぐ買って!今日買わないと明日には処分しちゃますよ!」

 私は思わず日本人研究者を見た。彼はゆっくりとうなずいた。まさかその絵というのは!私は彼からその絵の場所を聞くとまっすぐ絵へと駆けつけた。絵はアキバのアニメキャラで埋め尽くされ、その中央にクリストフ・ハスクリーその人は描かれていた。いや、クリストフ・ハスクリーがそこにいたのだ。彼は絵の中で時たま頬を染めて自分が描いたアニメキャラをガン見していた。そして私の後ろを通った客の女の子に向かって声は出なかったものの口でなにかを喋りかけていた。私はこのクリストフを見て彼の書き置きを思い出した。クリストフよ、真の現実とはこういうものだったのか。私の作り出した現実の中でいつでも会えるとはこういうことだったのか。店主は私達に向かってしつこく絵を買うように勧めて来る。日本人研究者は無言で私に絵を買うかどうかの決断を迫ってくる。私はしばらく考えてから二人に言った。

「この絵いらないんで今すぐ燃やしてください」



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