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塩焼きそば

 もうすぐお盆だから亡くなった父の事を書こうと思う。父が亡くなったのは私が大学生の頃だった。泊まっていたホテルで倒れてそのまんまあの世に逝ってしまったのだ。通報したのは女性の人らしいけどその人と父がどういう関係だったのかいまだにわからない。それはともかくとして父は特に料理好きではなかったけど、塩焼きそばをよく作っていた。どこまでもおめでたい性格の父はよく塩焼きそばを発明したのは自分だと自慢していた。塩焼きそばなんて多分昔からあるものなんだろうけど、どうやら父の周りには食べている人がいなかったのだろう。

 私はその父の作った塩焼きそばが大好きだった。だけど母も姉も何故か父の作った塩焼きそばを食べたがらなかった。なのでよく二人の残したものを食べてしまった事さえある。父は私が塩焼きそばにがっついているのを見て喜んでいた。父の塩焼きそばは、コンビニで売っているものは勿論、母が作るものとも違った味がした。いかにも男っていう塩味のの効いた独特の味だった。

 父が亡くなってまず悲しんだのは父の塩焼きそばが食べられない事だった。大事な親の死に接してそんなアホな事で悲しんでいるのかと思われるだろうけど、やっぱりそれが一番残念なのだ。私は父が亡くなった後、何度か自分で塩焼きそばを作って食べた。だけどあの味は出せなかった。当時付き合っていた料理好きの彼氏に塩焼きそばを作ってもらったけど、彼でも父と同じ味は出せなかった。その彼は食べ終わった後の私の浮かない顔を見てこう言っていた。

「きっと君はお父さんと味覚が合うんだね」

 先日父の墓参りのために実家に帰った。母と姉と久しぶり会いいろいろおしゃべりしたけど、私はその時ふと父の塩焼きそばの事を思い出した。私はあの塩の効いた焼きそばの事を思い出して胸がいっぱいになって二人に「またあの塩焼きそば食べたいね。お父さんの塩焼きそば、塩味が効いていてホント美味しかった」と言った。だけど二人は私の言葉を聞いて急に人を憐れむような顔をして私を見た。

「あ、あのね」と母がまず口を開いた。その後に姉がこう続けた。

「もうお父さんも死んで大分経ったからいい加減本当の事話すよ。あの、あの塩ってさ。全部お父さんの汗なんだよね。本人凄い汗っかきで特に塩焼きそば作る時に大量の汗が出てそれがプライパンに大量に入っちゃったの。あなた美味いうまいって喜んで食べていたから私もお母さんも今までずっと言えなかったけどそういう事なの」

 私は姉の話に衝撃を受けて倒れそうになった。今まで食べていた塩焼きそばは全部あの親父の汗だったのか!ああ!パパ美味しいなんて喜んでいた自分が愚かしくなる。私は持っていたペットボトルの水で口を濯いでからこう叫んだ。

「バカヤロウ!これじや死後ハラスメントじゃねえか!」

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