シリーズ連載:ヒューマンストーリー 第一回:思い出のお巡りさん
外村美津子は学校が匙を投げるくらい酷い不良少女であった。タバコ、シンナーは当たり前、時にはパパ活みたいなことさえしていた。学校では退学させることさえ考えられていた。実際に職員会議で外村の退学について多数決が行われたのだ。多数決の結果九割が賛成しあとは校長の裁可を待つばかりだった。そんな時にまた美津子は補導されてしまった。街中で堂々とタバコを吸っている所を警官に見つかったのだ。
交番の奥の取り調べ室で美津子は短いスカートで足なんか組んで学校に電話するならさっさとしろと喚いていた。警官たちは彼女に親の電話番号を教えろと言ったが、美津子はブチ切れて親なんかいるもんか!と怒鳴った。彼女は母子家庭だが、母親は彼女を顧みないで毎夜男と遊んでいるとのことだった。
「だから私はグレにグレてやるんだよ。アイツや私をいぢめる世間に復讐するために。この体をボロボロのボロボロにしてやるんだ!どうせお前らだって私の下着が欲しいんだろ?それどころか私とここでやりたいって思ってるんだろ?だったら今すぐやれよ!私をボロボロのボロボロにしてみろよ!」
美津子はそう言った瞬間鉄拳が彼女の頬に飛んだ。美津子はその場にぶっ倒れて上を見た。
そこには拳を握りしめたお父さんぐらいの歳の警官が涙を流して立っていた。
「そんなくだらねえ事でテメエの体を痛めつけんじゃねえよ!母親への復讐かなんだか知らねえがテメエのやってる事は母親と同じなんだよ!お前は母親がお前を見捨てているように自分の将来を見捨ててるんだ!お前のやってることは母親と同じなんだよ!お前の将来が泣いてるぜ!まともに生きたいと思っているのに、下着や体なんか売りたくねえって思っているのにどうしてお前はわかってくれないんだって泣いてるぜ!その腫れ上がった頬の痛みはお前の将来の泣き声だ!痛え痛えって泣いてやがるんだ!だからいい加減まともに生きろ!」
この警官の言葉は美津子にの心に刺さった。美津子は売るはずだったパンツを警官にぶん投げて「馬鹿野郎!カッコつけたこと言うんじゃねえよ!」と叫んで思いっきり泣いた。
警官の独断で学校には連絡しないことにした。警官の部下は大丈夫なのかと尋ねたが、警官はもしなんかあったら俺が責任を取るときっぱりと言った。結局母親にだけ連絡する事にしたが、美津子は警官のいう事に全く逆らわなかった。電話を受けてから三時間以上経ってやってきた母は美津子の頬が腫れ上がって鼻から血を吹き出しているのを見て暴行を働いたと騒ぎ立てた。しかし美津子は母親を一喝して黙らせてこれは自分で殴ったんだと言い張った。
「クズみてえな私を思いっきり殴ってやったのさ。血が出るほどな!」
警官は母に付き添われた美津子を横断歩道まで送った時だった。信号が赤に変わった瞬間美津子が振り返ってこう言ったのだ。
「私、将来婦人警官になるよ。あんたみたいに真っ直ぐで思いやりのある。そんな立派な婦人警官に」
それから年月は過ぎた。外村美津子は高校を卒業すると警察学校に入って警官になった。そして今彼女は交番の取り調べ室にいる。美津子は目の前に項垂れて座っている男の姿に唖然としていた。
「ま、まさかあなたがこんな事をしていたなんて……」
男はかつて自分を殴って更生させてくれたあの警官だった。彼の座っている机の上には山と下着が積まれている。
「本当にこれあなたがやったんですか?」
男は頷く。一体どうしてこんな事を。美津子は事情聴取を始めた。男は警官時代から下着泥棒をしていてそれが原因で懲戒免職になったらしい。その後バイトなんかでやりくりしながらずっと下着泥棒をしていたそうだ。美津子はこの事実を知って悲しくなった。まさか自分を殴って説教をしていたあの時も裏で下着泥棒をしていたとは。全てを語り終えた男は胸のポケットから袋を取り出して開けた。彼は泣きながら言った。
「これあの時お前が投げつけてきたパンティだ。香ばしい匂いして凄くてずっと愛用していたんだ。だけどもう匂いもしなくなったし。今お前に返すよ」
美津子は体を震わせながら拳を振り上げた。
「今からあなたの中の正義があなたを殴ります。いいですか。今から殴るのは私じゃなくてあなたの正義ですからね。だから噛み締めて耐えてください」
その時突然雷雨が降り出した。その雷と雨音の耳を劈くような轟音は美津子の悲しみと怒りを表しているかのようであった。
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