最後の一葉
もはや余命が幾ばくもなくなったと感じた老人は、家族をベッドの周りに集めると、これで今生のお別れだと最後の言葉を述べた。
「儂はもう死ぬ……。もっと長く生きたかったが、神は儂のわがままを許さないようだ。妻よ、お前は儂の分も長く生きておくれ。息子よ、娘よ。お前たちは儂よりも自分の家族を大事にしておくれ。そして孫たちよ。おまえたちはパパとママの言いつけを聞くんだよ。ああ……儂は満足だ。人生の最後をみんなに見守られながら迎えられるなんて……。みんな、あの窓の木の枝に一葉だけ生えてる葉っぱをごらん。あの葉っぱが落ちる時儂は死ぬだろう。みんなそれまで儂のそばにいておくれ」
しかし、葉っぱは落ちることはなく、その後も老人は生き続けた。そのうちに老人の妻が亡くなり、その後に老人の息子と娘が亡くなり、今ではすっかり老いた孫たちが老人の介護を勤めていた。老人はとっくに百寿を超えギネスブックにも載った。老人は今も寝ながらまだ生き生きと生えている葉っぱを見つめ、老いた孫たちにいつもうわ言のようにつぶやいていた。
「儂はもう死ぬ。何故かあれから五十年以上生えているあの一葉の葉っぱが落ちる時が儂の命の終わりだ。お前達お願いだから儂よりも長く生きておくれ。おまえたちがおらぬと儂の世話をしてくれる人間がいなくなってしまうのだ!」
孫たちはそんな老人に自分たちが末期のがんに罹っていてもはや余命幾ばくもないことを口に出すことは出来なかった。
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