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残業

「こうして二人で残るのははじめてだね」
 と彼女が言った。それを聞いて僕は嬉しくなって彼女に微笑んだ。彼女とは同期入社だが、ここまで近くで話した事はなかった。僕は彼女とお近づきになりたかったけど、彼女はいつも女の子と話していたし、僕は気が小さいので、女の子の輪の中に入るほど勇気がなかったのだ。でも今日はこうして二人でいる。しかも彼女からこうして話しかけてくれる。ずっと好きだったとか言ってみようかな。そう言ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。

 彼女は仕事ができる人で上司からも評価されている。いずれ彼女は出世して僕を追い抜いていくだろう。今回の残業も彼女の指示でやっているようなものだ。何故か彼女は椅子を僕の席に寄せて体を触れ合うほど近づけながら僕にアドバイスをしてくれる。ゴメンね。私の案件手伝わせちゃって。僕は彼女の言葉が吐息と共に耳に触れるたびに動揺し、PCの中身を確認しないでクリックしてしまう。僕はハッと青ざめて彼女をみたが、彼女は笑いながら大丈夫、大丈夫と笑っていた。そうして二人で案件を進めていると、彼女は休憩とろっかと言ってきた。僕はそうだね。休憩を入れて英気を取り戻したら一気にやろうぜ!と彼女に返事をした。

 その翌日である。彼女と共に12時ギリギリまで残業をして案件を終わらせて、じゃあ明日と彼女と握手して別れたのだが、出社してみると何故か僕の席のPCがなく、オフィスの連中は僕を異様な目つきで睨んでいる。どういう事だと僕は彼らをみたが、彼らは相変わらず僕をみつめて黙ったままだ。このままでは埒があかないので、僕は近くの同僚に聞いた。
「あの、僕のPCどこにあるの?」
 すると同僚が呆れた顔で僕をみながら言った。
「お前バカというか勇気があるというか凄いよな。あんな事をした後でよく会社に来れるな」
「あんな事? あんな事ってなんだよ!」

 すると同僚の後ろから課長が出てきて僕を指差して言った。
「とぼけるのもいい加減にしろ!お前が昨日残業と嘘をついてずっとあの女とグルになってうちの会社の情報他社に横流ししていただろ! まさか君がこんな事をするとは思わなかった。残念だよ! 私は非常に残念だよ!」
「あの女? あの女って誰ですか?」
「あの女はあの女じゃないか! 君はニュースすら見ないのか! あの女は機密漏洩の罪で逮捕されたんだぞ! いずれ君も告訴してやるから覚悟しておけ!」


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