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有名になるために今できる事

 とある俳優養成所ニ回生の高松紀夫は怯えたり、びっくりするシーンがなかなか上手く、教官の俳優や演出家に目をかけられていた。高松は教官たちの伝でホラー映画や舞台にちょくちょく出ていた。とはいっても別にメインキャストではなく端役である。しかし教官たちは高松の将来性を見込んでおり、いずれ立派なバイプレイヤーになると思っていた。

 だが当の高松はその自分の扱われ方に不満を抱えていた。彼は生まれてからずっと自分がスターになる男だと思っていた。自分は田舎ではあり得ないぐらいのイケメンだし、東京でも絶対に自分は注目され即スターになると思って高校を中退してまで上京してきた。それなのにバイプレイヤーだと?このイケメンの俺がどうしてテレビでよく観るちょっと演技の上手い地味なジジイみたいな事やんなきゃいけないんだよ。俺は輝く大スターなんだぞ。キムタクなんか霞む、いや、目の痒みで軽く拭き取られるぐらい逸材なんだぞ。それなのにテメエらは!

 自分の扱われ方に不満たらたらの高松だったが、その演技は他の二回生と比べてダントツに秀でていた。彼の演技で特に上手いのはビックリして目を剥く場面と、恐怖のあまり絶叫する場面である。大袈裟そのものの演技だが、観ているものをたちまちのうちに惹き込む魅力があった。教官の俳優は今度自分も出演するホラー映画に高松を出そうと考えていた。今回も端役ではあるがかなり重要な役だ。なんといってもメインキャストの人気俳優の友達役でちょっとした絡みもあるのだ。これでまず映画関係者に注目されて、そしてメインキャスト目当てに映画をみたテレビの連中が高松に注目したら高松はバイプレイヤーとして抜擢されるかもしれない。教官の俳優は稽古が終わった後高松を個室に呼び出して映画の話を打ち明けた。

 だが、とまただがだがなんと高松はきっぱりとその誘いを断ってしまった。それどころか養成所を辞めるとまで言い出した。

「俺二年間ここにいてわかったんだよ。ここは俺の居場所じゃない。ここにいたら俺はダメになる」

「な、なに言ってるんだ?俺はお前のためにこの仕事持ってきたんだぞ。この役はお前にピッタリだし、映画が当たればお前にも注目がいってバイプレイヤーとしてブレイクする事ができるかもしれないんだぞ」

「だから俺はそのバイプレイヤーってのが嫌なんだよ!俺はクソみたいなジジイがやってるバイプレイヤーになるために上京したんじゃねえんだよ。俺はスターだぜ?アンタみてえな三流俳優と違うんだよ!」

「ほぉ、すごい自信だね。人を三流俳優だなんて言うなんてさ。でも別に俺は怒らないよ。確かに俺は三流俳優かもしれない。こんな雇われ教員みたいなことしてるんだし。でもな、なんでもそうだけどなりたいものにすぐになれたら苦労しねえんだよ。なりたいものになるには努力しなくちゃダメなんだよ。お前がなりたいスター俳優だって大半は最初は端役だったんだよ。いつかメジャーになってやるって歯を食いしばって頑張って今の地位を手に入れたんだよ。お前にもそれぐらいわかるだろ?だからまずはバイプレイヤーとしての実力を世間に見せつけてだな……」

「だからそれが嫌だっつってんだよ!俺はこのしみったれた養成所でシコシコやってるバカとは違うんだよ!俺はもうわかったんだよ!自分がどうすれば世間に注目されるスターになれるか!」

 高松はしまいにはテーブルにどかっと脚を乗せた無礼極まる態度でこう言い切った。俳優は体が怒りでわなわな震えるのを感じた。

「ほぉ、それじゃお前今日で養成所辞めて明日っから自分の実力でスターになるっつうんだな。応援してやるよ。お前が一人でどこまでやれるか。もし失敗してもこの養成所に戻ってくんじゃねえぞ。わかったな!」

「戻ってくるわけねえだろうが!逆に見せてやんよ!日本どころか世界中に注目される俺の姿をよ!」

「ああやってみろ!そして二度と戻ってくんな!」

 そう言ってテーブルを叩いた俳優を見て高松は大袈裟に目を剥いたびっくり顔で見、そして絶叫して部屋から飛び出した。これは高松の得意の演技だった。彼は完全に俳優をバカにしたのだ。

 高松が出てってから入れ替わりに同じ教官の演出家が入ってきた。

「おい、なんだよ怒鳴り声がガンガン響いていたぞ。お前高松とケンカでもしたのか?」

「いやそれ以上ですよ。高松のやつ今養成所を辞めるって言って出て行きましたよ」

「へっ、お前止めなかったのかよ。お前高松に目をかけていただろ?アイツはいずれバイプレイヤーとしてブレイクするって」

「それが嫌だって言うんですよ。俺はスターになる男だってね。これからは自分の実力だけで成り上がるらしいですよ」

「しょうもないな。目の前のチャンスを振り切ってなれるはずもないスターを目指すとはね」

「いや」と神妙な顔をして俳優は言った。

「もしかしたらアイツ本当にスターになれるかもしれないですよ。いや冗談ですけどね、冗談」

「いや、わかっているさ」


 それから数年の時が流れた。今ネット界隈ではタカマツのりピーというリアクターが注目されていた。彼は日本人であるにもかかわらず世界で最も激しいリアクターと呼ばれていた。彼のリアクターの対象はアニメゲーム映画ドラマと多岐に渡るが、特に凄いのがホラーやサスペンスのリアクションだという。彼は恐怖のシーンでは目をまん丸まで剥き、そしてゲーミングチェアをぶち壊さんばかりに絶叫して大暴れする。

「オーマイガー!オーマイガー!オーマイガー!」

 というアメリカ人以外には失笑もののリアクションも高松がやると不思議と違和感なくハマっている。芸能界でもタカマツのりピーはブームでありファンも非常に多い。先日テレビでタカマツのりピーが特集されたが、それを収録先の楽屋でたまたま観ていたあの教官の俳優は昔の自分の生徒が出ているのを観てあっと声を上げた。あの昔自分の力だけでスターになってやると啖呵を切った高松が今テレビ画面で目を剥いてオーマイガー!と大暴れして絶叫していた。

「オーマイガー!オーマイガー!オー!マイ!ゴッド!アアーッ!」

 俳優はこうテレビ画面でPCを前に身を捩って絶叫するかつての生徒を切ない気持ちで見つめそして呟いた。

「高松、これがお前の目指していたスターなのか……」

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