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《長編小説》全身女優モエコ 第一話:全身女優モエコの伝説!

次話 マガジン『全身女優モエコ』目覚め編

 楽屋の床はもはや片付けようのないほどゴミで散らばっていた。今期のゴールデンドラマの主演になったバカアイドル女がゴミをポイポイ捨てるからだ。昔の芸能界の人間ならこのバカアイドルを、「あんな素人集団のアイドルグループで人気になったからってその態度はなんだ!今すぐここで土下座しろ!」と怒鳴りつけて黙らせただろう。しかし今の芸能界はこのバカアイドルが所属するバカグループの人気で成り立っているのだった。マネージャーのデブは所属タレントのバカ女を咎めるどころか必死に媚を売っていた。

「チカちゃん、今日もお目目パッチリでかわいいでチュー!」

「チカ台本おぼえられないー。かんじとふりがなわかんないー(T_T)」

 それを聞いた途端マネージャーはディレクターを呼び寄せこう言った。

「あのね、チカちゃんが泣いてるのー。台本覚えられないって泣いてるのー。だからセリフわかりやちゅくちて!脚本家に言ってなおちてもらって!あと撮影中にセリフわちゅれると大変だから、カンペよういちてね!人気アイドルのチカちゃんに恥かかちぇたらこのドラマ降板ちまちゅからねー!」

 嗚呼!これが現在のドラマの現状なのだ!実力もない人気バカアイドルが事務所の力だけでドラマの主演ができるのだ!今の時代にあの女がいたら……。刹那に輝いて消えたあの……。

「わー!床がゴミだらけー!誰かぁー!てか、そこの清掃員のジジイーッ!早くこのゴミ片付けてよーッ!」

 とバカアイドルのチカが騒ぎ出し、そのぶっといブサイクな足で、あたりのごみを蹴散らしていく。もうチカ怒ったおー!!ゴミ片付けろー!ゴミ片付けろー!と騒ぎ出す。マネージャーのデブも、早く片付けないとチカちゃん激おこぷんぷん丸だお!とか怒り出した。

「あのー!ジジイぃー、ゴミ片付けろって言ってんのーッ!聞こえないのー?耳が遠くなったのぉー?じゃなかったらぁー!いつまでも箒持ったまま突っ立ってないでさぁー!ゴミ片付けてよぉー!それとー、ゴミのついでにこのボロすぎる椅子ポイポイしてくれないー?」

 バカアイドルのチカはそう喚きながら、そのブッサイクな太い足で、椅子を、私がいつも精魂込めて磨いている椅子を蹴り上げたのだった。

 私は激怒のあまり箒を床に叩きつけた。そしてバカアイドルのほうへ駆け寄って怒鳴りつけた。

「この椅子は本来貴様ごときバカアイドルが触れていいものではないんだぞ!謝れ!この椅子を蹴った事を!この椅子の持ち主だった人間に謝れ!」

 するとバカアイドルはそのバカ面を真っ赤にしながら泣きわめいたのだ。

「清掃員のくせに!人気投票50万票とったチカをいぢめるの!いぢめ!いぢめ!パパーッ!清掃員のおぢいちゃんにいぢめられたよー!」

 現場は騒然となった。プロデューサー、ディレクターは勿論、テレビ局の幹部まで楽屋に集まった。私に向かい貴様いい加減にしろ!さっさとここから出ていけ!と言いながら皆して私を羽交い絞めにしてスタジオから叩き出そうとする。私は全身でもがいて腕を振りほどくと、黙れ!と絶叫して皆を黙らせた。

 皆が見つめる中私はバカアイドルが言う、いわゆるボロすぎる椅子を指差して言った。

「この古ぼけた椅子が誰のものであったか皆さんは覚えているでしょう。彼女を覚えていないはずはありませんよね。あの存在すべてを我々の記憶に焼き付けて逝った全身女優火山モエコのことを!」

 ❘火山《かざん》モエコの名前が出たとたん皆押し黙ってしまった。プロデューサーを始めとする幹部連中は目に涙をためている。

 アンタまさか猪狩さんじゃないか?とプロデューサーが私に聞いた。

「アンタ火山モエコのマネージャーだったあの猪狩さんだろ!アンタがなんでこんなとこにいるんだ?」

 私はプロデューサーの問いに答えた。

「彼女との思い出に生きるためです!ここには彼女が使っていた椅子がある。彼女が死に、マネージャー業を廃業してから、私は彼女との思い出に生きていた。このスタジオに清掃員として職を求めたのは、ここに彼女の椅子があったからです。ここで清掃員としてずっと働いて短い余生を彼女の椅子を眺めながら過ごすつもりだった……」

 アンタそこまでモエコをことを……!とプロデューサーは言うなり号泣しながら私に言った。

「わかるんだ、アンタのその気持ちわかるんだ!あの凄まじい演技を見たらもう魂ごと捕らわれてしまうさ!だけど、だけど、モエコはもういないんだ!アンタがそうやってモエコの椅子を毎日拭いてたところで!アンタが怒る気持ちは分かる!だが今はモエコが生きていたころとは違うんだ!俺たちだって家族を食わせなきゃいけない!だから今日限りで清掃員の仕事はやめてもらおう! 」

 私は素直に従うしかなかった。いくらバカアイドルがすべての原因とはいえ、首になっても仕方のないことをしたのだ。私はまだ泣いているプロデューサー達と、そして火山モエコの椅子に一礼して出ていこうとしたその時。

「おぢいちゃん、その火山モエコってひとおいていっちゃうの!」

 と誰かが私に向かって叫んだのだ。私は驚いて後ろを振り返ると、なんとバカアイドルのチカまで泣いて私を呼び止めているではないか。

「チカはその火山モエコって人を知らないけど、ダメだよ~!彼女をおいていっちゃダメだよ~!」

 バカアイドルまで泣かすとは!嗚呼、モエコよ!お前は火山モエコを知りもせぬこのバカアイドルまで魅了するのか!私が火山モエコの偉大さを改めて感じて感動にむせんでいると、チカが私にこう聞いてきたのだ。

「おぢいちゃん、火山モエコってどんなじょゆうだったの?チカみたいにぶりぶりのカワいいおんなにょこだったの?」

 馬鹿者め!と思わず私はバカアイドルのチカを一喝したのだった。あの全身女優の火山モエコが貴様みたいなバカ丸出しのアンポンタンであるものか!恥を知れ!教えろというなら教えてやる!彼女がどんなに凄まじい女優であったか!

 しかし彼女の口癖は演じることは生きることだった。だから彼女が話してくれた私が出会う前の出来事も本当かどうかわからない。だが、私はその話を信じる。それはだいぶ長い話だ。一日じゃ語りつくせないほどにな。まず彼女が生まれたところから話さなくちゃいけない。まずはそれからだ。




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