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仕事くれ

 ロバート・グレイクは今日も職安にいた。彼は先ほどからパイプ椅子に座って、入るときにもらった整理番号が呼ばれるのをずっと待っていた。待っている間クレイグは事務所の中を見渡したが、その立て付けの古さとそこで働いている連中の姿を見て自分がなおさら惨めに思えて来た。職安の連中は自分よりも半分ぐらいの年に見えた。こんなガキに品定めされるなんて耐えられないと思った。しかし仕方がないのだ。もう家賃の支払いも滞り、とうとう電気代もガス代も払えないような状態になってしまった。
 全く昔の自分からは想像できない状態だとグレイクは慨嘆した。昔の彼は世界的な企業の証券マンだった。世界中を飛び回ったものだ。しかし突然首を切られてから彼の生活は完全に崩壊してしまった。仕事は続かず、いつの間にかその日暮らしにも窮するようになった。このままでは犯罪でもするしかなかった。一旦階段から転げ落ちたものは一生上がれない。転がり続けて穴に落ち続けて行くだけだ。しかし彼はなんとか片手で藁を掴んでとどまっていた。だがこのままではやがて力尽きて落ちていくだろう。だから仕事を探さなければならない。せめて滑り止めぐらいは必要なのだ。
 その時職安の職員が彼の整理番号を呼んだ。彼は立ち上がるときっと職安の職員を睨みつけ、わざと尊大な態度で椅子を蹴って呼ばれた席に向かった。今日の職員は若い女で年は半分どころか三分の一に見える。まるで娘みたいなやつだ。こんなガキの世話にならなきゃいけないなんて。彼は席につくとわざと音を立てて椅子を引いて座った。惨めと言えばあまりに惨めな態度だ。だがグレイクはそうしないと自分のプライドが保てなかった。元エリートの自分はこんなガキの世話になるほど落ちぶれちゃいない。本当の俺はお前らみたいな底辺とは違うんだ。そんなプライドが意識的にも無意識的にも出てしまったのだ。そして彼は座るなりいきなり職員を怒鳴りつけた。
「オラ!さっさと仕事の案内しろよ!お前らいい加減にとろいんだよ!俺はお前らみたいな教育のない底辺とは違うエリートなんだぞ!なめるなよ!」
グレイクは事務所中に響くほど叫んだ。ほら女だって俺を見て唖然としている。間違いなく自分は職員の心象を害しただろう。二度とここに来るなと言われるかも知れない。だがグレイクはそれでもよかった。それで自分のプライドが保てたからだ。

 突然鳴り響いたグレイクの怒鳴り声に驚いたのか、事務所にいた人間は皆押し黙ってしまった。しかしグレイクが自信満々な表情で立ち上がり職安を去ろうとした時だった。事務所にいた連中が一斉にグレイクを指差して笑い出したのだった。彼の担当者の若い女も腹を抱えて笑っていた。皆何故笑うのかとグレイクはキョロキョロ周りを見回したが、そのグレイクに向かって若い女が涙を流して笑いながらこう言ったのだ。

「グレイクさんって可愛い声してるんですね。まるで内気な女の子みたい。それで今なんて言ったんですか?あんまり声が小さいから話の内容が全然ききとれなかったんですけど」

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