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積読

 図書館で勉強していて、ふと顔を上げたら遠くの方で大嫌いなやつが両手で本を抱えてウロウロしているのがみえた。コイツはクラスメイトの陰気な男子だ。友達はみんなトイレから生まれてきたんじゃないのってその男子のことを言ってるぐらい暗いやつだ。この男子は他の女の子に何を言われても黙っているのに。私にだけは妙に敵意むき出しな態度を取ってくる。一度なんか思いっきり怒鳴ってきた。奴は机のある席を探しているようだ。しかしこの時間は利用者が多いから開いている席は殆どないはずだ。

 私はお願いだからどっか開いている場所を見つけて早く座ってくれよと思った。そうしないと奴は私の所に来るじゃないか。ああ!ただでさえ半径100キロメートル接近禁止にしてやりたいやつなのに。向かい側に奴が来たら……。と、思ったのがまずかったのか、奴はくるりをこちらを向いて歩いてきた。やめてよ!ココは私の席なのよ!アンタなんかの座る場所じゃないんだから!

「なんだお前か。ココ座るからな。いいだろ?」

 私は奴に返事をせずに立ち上がって本棚に向かうとそこから適当な本をごっそり引き抜いた。そして両手で抱えて席に戻ると奴と抜き取った本を奴と私の席の間にあるアクリル板の前に積んでやった。奴はびっくりした顔で私を見ていた。それが済むと私は自分席に座り勉強を始めたけど、まだやつの顔が見えた。それで私はもう一度本を抜いて来てアクリル板の前に更に本を積んだ。そして再び座ってみたけど今度は全く見えなかった。私はこれで安心と勉強に集中しようと思ったけど、その時奴が突然立ち上がって憮然とした表情で私を睨みつけた。なに?私の仕打ちが気に入らないの?あなた私に嫌われてることぐらいとっくに気づいているでしょ?

 あいつはしばらく私を睨みつけていたけど、急にぷいと私から目をそむけてどこかに行ってしまった。ああ~意外に繊細だったのね。だけどそれはあなたが全部悪いのよ。恨むんだったら自分のそのトイレから生まれて来たような陰気な性格を恨んでねと思っていたら、奴が大量の本を抱えて帰ってきた。そして私と同じように自分の席のアクリル板の前に本をどかっと大きな音を立てて置き始めた。

 ああそうですか!あなたも私が嫌いってことですか。わざわざ同じやり方で嫌いアピールするなんてやっぱりトイレ育ちは本物だったんだ!それなら都合がいいわ。顔も見えないし騒音防止にはなるしいうことないわ。というわけで私たちはそのまま閉館時間まで互いに口も聞かず、相手の姿も見ずに勉強をしていたのだった。

 しかしその図書館から出ていくときであった。私は帰る前に勿論持ってきた本を全て元の場所に返すことを忘れなかった。その際にきっちり何度も本を置き忘れていないか確認までした。でないと奴が鬼の首を取ったかのように本を忘れているぞとか偉そうに言うだろうと思ったからだ。本を元の所に返した私はさっさと図書館から出ていこうとしたけど、その時奴が両手に本がたくさん入っているだろう手提げ袋を持って現れたのだ。

「お前、なんで本を借りない!さっき沢山持ってきた本はあの短時間で全部読んだっていうのか!俺は10冊も読めなかったのに!畜生!同じクラスで俺以上の読書家がいるとは思わなかった!思えば俺がお前に対してわけも分からず腹立たしく思っていたのはお前が俺のライバルだったからなんだ!畜生俺はいつかお前を超えて見せる!その証拠にこの袋の本全部一晩かけて読んでやるからな!明日朝イチで読んだ本の感想を報告してやる!その時お前もさっき読んだ50冊ぐらいの本の感想絶対に報告するんだぞ!いいな!」

 奴はこう異様にキラキラとした目でひたすら喋り尽くしていた。私は普段の陰気な奴の態度からのこの激変ぶりに妙に胸が高まるのを感じてきた。私は驚くほど動揺し訳がわからなくなり思わずこんな事を口走ってしまった。

「あの、あの本積んでただけなんですけど。いわゆる積読」


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