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二重人格

 ドストエフスキーやスティーブンソンじみた狂気の深淵。その境界線で俺は立ち止まる。光と闇。昼と夜。理性と狂気。秩序と破壊。俺は社会の中に入っている間必死に自分の闇を取り繕って隠している。闇よりも深い狂気。2ダースを超える殺人。鬱憤ばらしのためにどれだけ人を殺したか。こうしてデスクでキーボードを打っている時にも湧いてくる殺意への衝動。いいから早く夜になれ。

 職場の連中はみんな俺を嫌っている。顔には出さないように精一杯気をつけているようだが、態度の節々から漏れていやがる。まぁ、連中だって俺の中から滲み出る狂気にきっと奴らも勘付いているから避けてるんだろう。だがそれは却って都合がいいってもんだ。離れてりゃ誰も俺の狂気の核心には触れられないからな。

「山岸さん、あなた南ちゃんの送別会どうすんの?もう今日やるんだからいい加減どうすんのか決めてよ」

 廊下でばったり出くわしたバカOLの同僚がこう聞いてきた。今月で退職する南ってブス女の送別会の誘いだ。ここんとこしつこくしつこく顔を合わせる度に尋ねてきた事だ。だけど知ったことか。そんなブスが退職しようが俺には関係がない。ブスはブタみたいに捌いてやればいいんだ。何ならこの場でブスを捌いてやろうか?だが俺は狂気を押し殺して下手な笑顔を作って答える。

「すみません。え〜っとお、行きたいのは山々なんですけど用事がありまして〜」

 多分俺の卑屈そのものに見えるだろう笑顔を見て、バカOLは軽蔑そのものの眼差しを俺にくれる。このクソ女め今すぐ蜂の巣にしてやりたいぜ。この場でお前を殺すのに一分もかからねえ。

「ああ、どうせそんなことだろうと思ってたわ。だけどさ、行かないなら行かないってどうして今の今までハッキリ言わなかったのよ!前々から思ってたんだけどさ、あなたさいい加減意思伝達能力ぐらい身につけたらどうなの?仕事でもなんでもそうだけど、いつもいつもヘラヘラして肝心なことは何も言わないでさ。それでよく今まで生きて来れたわね」

 そうムカつく調子で吐き捨ててこっちに背中を見せて立ち去っていくバカOL。俺の中の狂気が充満して溢れ出しそうだ。指に感じる殺意の衝動。あとひと押しで外に飛び出してしまいそうだ。内から溢れ出る狂おしき衝動に危険を感じて慌ててトイレに駆け込む俺。微かにアンモニアとメタンが漂う狭い室内で一人悶々と殺意の妄想を掻き立てる。

 終業のチャイムが鳴り俺はすぐさまオフィスを飛び出した。殺したいほどムカつく奴らを置き去りにしてそのまままっすぐ家に向かう。会社のビルから離れていくごとに俺は俺を取り戻す。夜の外気は人を解放する。俺の狂気もまた解放されていく。家路へと向かう電車の中で俺は殺人鬼の笑みを浮かべた。今夜は金曜日。俺は血に飢えた狼になって狂おしいほど狂気を燃やし尽くしてやる。

 マンションの自分の部屋を閉めて俺は月夜に向かって微笑む。今から俺は狼になる。もうなんでもありだ。しばらく月夜を眺めた後、俺は静かに狂気を解放した。下準備として俺はPCのモニターの電源を入れて自分が殺した連中を撮った動画を見てほくそ笑む。コイツらをTikTokかYouTubeに晒してやろうかとやばすぎる事さえ考える。そうしてしばらく動画を見て、それから俺は銃を手に取ってスラム街を駆け出した。

「このやろう!今日はムカついたから一晩中打ちまくってやるぞ!俺がこのゲームで一番強いってことをお前らに思い知らせてやるっ!お前らの死んだ動画大量にあるからいずれTikTokとかYouTubeで晒してやっかんな!オラオラ来いよ下手くそども!またいつものように殺しまくってやるっ!」

 だがその時誰かが俺の狂気に満ちた俺の部屋を叩いた。俺はもしかしたら警察が逮捕しに来たのかと思って震えながら玄関のドアを開けた。

「うるせいんだよ!このガキ何時だと思ってんだ!訳のわからねえこと喚きやがって!お前いっつもいっつもキーボードカタカタ鳴らして何やってんだ!今度そんなことやったら警察呼ぶぞ!」

 玄関の戸を叩いていたのは隣の人だった。そのマジ怒り顔が怖くて俺は体を震わせて謝った。

「申し訳ありませんでした。もう二度とうるさくしませんので許して下さい」

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