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最終回

 超人気ヤンキー漫画『はみ出し珍来』が最終回を迎えようとしていた。はみ出し珍来はみ出し者のヤンキー珍来の激動の日々を描いたものだが、どうしても社会の窓からはみ出してしまう珍来の果てしないヤンキーバトルストーリーが読者に愛されまくった。アニメ化して大人気となり本編の漫画のストーリーもクライマックスを迎えた時、漫画があと二回で終了する事が伝えられた。この報に当然ながら世間は大騒ぎした。読者の多くは漫画の終了予告に悲しんだが、その一方で引き延ばし過ぎてつまらなかったからやっと終わってよかったと貶す人間もいた。とにかくネット等では大盛り上がりし、各販売サイトで販売されていた既刊のコミックスは皆売り切れてしまった。

 そんな世間の喧騒を余所に漫画家葉見出太郎は最終回のゲラに手を入れていた。葉見出はいつもはゲラなしで直接ペンを入れて漫画を描くのだが、この最終回ではゲラから丁寧に描き上げることに決めた。こうやって手順を踏んでいけばその過程で思わぬ発見があるかもしれない。勿論今のアイデアも素晴らしい。だが、まだ足りないような気がする。最終回をもっと感動的なものにするには初心に帰って謙虚に漫画を描くことだ。来週の月曜日には『はみ出し珍来』ラス前の回が出る。そこで読者は唖然として絶望にくれるだろう。はみ出し珍来他メインキャラクター全員の逮捕。逮捕された珍来の拘置所に駆け付ける恋人の食子。だけど警官は残酷にもその食子に珍来が自分が隠し持ってきた餃子のせいで食中毒で死亡した事を伝える。一人夜の砂浜を歩く食子。珍来を思って暗い夜の海を見つめる食子のバックショットでラス前は終わる。ここからどう最終回の感動的なエンディングに持ってゆくか。葉見出はそこに自分の漫画家としての力のすべてをかけた。絶対に読者は泣くだろう。

 さて月曜日になり『はみ出し珍来』の掲載誌は発売された。発売された途端皆一斉に掲載誌を貪り読んだ。そして皆大絶賛した。死ぬはずのない主人公珍来の突然の死。しかも喧嘩じゃなくて食中毒で死んだなんて。しかもその珍来の死を聞かされた食子の夜の浜辺の放浪と最後の見開き二ページを全部使ったバックショット。もう最高の最終回だと言ってよかった。読者は夜の海を見つめる食子に運命の無情さとこの苦難を乗り越える希望的なものを見て涙した。ひたすらケンカに明け暮れた愚かな珍来。でも彼の残した思い出は純粋だ。読者はくだらんヤンキー漫画だとおもっいた『はみ出し珍来』が最後の最後で純文学の境地に達した事に驚いた。

 葉見出太郎はそんな世間の騒ぎを全く知らずにただひたすら最終回にペンを入れていた。正直マンネリ気味だったはみ出し珍来を活性化させるために使った禁じ手の主人公殺し。でもそれはあくまで読者を惹きつけるために使ったテクニック。次回は死んだと思われていた珍来の衝撃の復活に珍来と食子が再会する感動のラスト。浜辺をバイクで疾走する二人。俺たちは風になるのさ。

 無我夢中で最終回を書き上げた時、編集者から電話があった。葉見出は全くこの業突く張りめめそんなにこいつが欲しいかと原稿を見て軽く舌打ちして電話にでた。すると何故か編集者は申し訳なさそうな声でこう言った。

「あの、来週の最終回書いてるとこ申し訳ないんだけど、はみ出し珍来今週で終わりにするから。なんかみんな今週のが最終回だって勘違いしちゃってるみたいなんだよね。実際あれホント最終回みたいだし。というわけで最終回書かなくていいから。最終回の予告については間違ってましたって適当に詫びとくわ」

「お、おい!今最終回書き上げたとこなんだぞ!どうすんだコラァ!」

 だがすでに電話を切っていた編集者には葉見出の叫びは聞こえるはずはなかった。ツーツーと発信音だけが鳴るスマホに向かって葉見出は叫んだ。

「この野郎!最終回を前にして打ち切りかよ!」

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