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人面本


「しかし何回見ても奇妙だ。まさか本からこんな生物が生まれるとは」

「博士、たしかに奇妙でしょう。しかし生物学的に言えば決してありえない事では無いのです。いわばキノコのように本に染み込んだ先人たちの体液に何かしらの微生物が取り憑いて勝手に増殖したものでしょう。しかしこれはただのキノコのように人の体液を栄養としてただ増殖した訳ではありません。微生物は体液を取り込む際に先人たちのDNAも取り込んでしまったと思われます。でなければこんな奇妙な生物は生まれなかったでしょう」 

 博士と助手は目の前のケースの中の本を見た。この本は最近偶然コンスタンチノープルで発見された古代の本であるが、しかし何度見ても実に奇妙な本である。ここまで変わってしまったらとても本とは呼べないものだ。本の表紙にあたる部分はすっかり人の肌のようなもので覆われてその中心にはなんと顔のようなものが確認できる。ずっと見ているとその顔は時折痙攣したかのようにピクッと動く事がある。助手は博士に向かって言った。

「博士、先程話した私の仮説が正しければ、もしかしたらこの生物とコンタクトが取れるかもしれません。この生物が人のDNAを取り込んでいるなら、人の言葉も喋れるかもしれない」

 「バカバカしい話だ。たしかにこの生物は奇妙ではあるが、しかしたまたまだよ。本に取り憑いた微生物がたまたま進化してたまたま人のお面みたいになっただけだ。すぐに解剖してこの生物の構成を調べなければ」 

「博士、それはあまりにも性急すぎます。この生物は明らかに生きているし、もしかしたら人の言葉だって喋れるかもしれないんですよ」

「君は頭がおかしくなったのか。こんなのカビやキノコと一緒じゃないか。カビやキノコが人の言葉を喋るのか?おはようございますとでも挨拶するのか?まともに考えてみたまえ」

 博士が助手にそう言った途端、ケースの中の本から突然人の呻き声のような音がした。二人はハッとして本を見た。すると本が口を開けているではないか。助手は博士に向かって言った。 

 「博士、やはりこの生物は意思を持っているんですよ。たとえ喋れはしなくてもこちらの言葉に何かしらの反応はしてくれるはず。博士、今からこの生物とコンタクトを取って見ますがよろしいですか?」

「よかろう。たしかに君の言う通り、何かしらの反応は得られるかもしれない。それどころか君の仮説通りこの生物が我先人のDNAを受け継いでいるとしたら我々はこの生物から先人の叡智を知るかもしれない。やりたまえ!今すぐこの生物とコンタクトを取りたまえ」

 博士の許可を得て助手はさっそく生物とコンタクトを取ることにした。この先人のDNAを受け継いだ生物と対話するということは人類の歴史に立ち会うのと同じこと。彼らは使命感に体が震えてきた。助手は恐る恐る本に向かって話しかけた。 

「おはようございます」

 すると本がわずかに口を開いた。助手と博士は顔を見合わせた。助手は本の口の動作が遅く苦しそうだったのでもしかしたら空腹のかと思った。彼は博士の顔を見て確認がわりに頷くと再び本に向かって話しかけた。 

「あなたが今欲しいものはなんですか?」

 本は口を閉じてしばらく沈黙したのちゆっくりとその口を開いた。博士と助手は本に近づきケースに耳を貼り付けた。 

「……こんな下手な絵じゃなくてもっとガチに女体がめり込んでいるようなものが欲しい。っていうかガンガンやりまくりたい。だけど俺っちにはそんな女いねえんだよ。寂しい淋しい病気になるぐらい淋しいよ」

 博士と助手はすぐにケースの中の本と取り出して中を開いてページを除いた。体液のシミに生物の細胞みたいなものがいたるところにある。そのシミは裸の男性と女性が、あんなことやこんなことをしているところだったり、女性が一人で時には道具なんかを使って自分を慰めているところだったりした。ページを全て確認して博士と助手は俯いて、先人たちのあまりのしょうもなさにこうつぶやくしかなかった。

「俺たちの祖先はこんなつまんないエロ本で抜いてたんだな」


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