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最期の手紙

 アイツが死んだって話はヤツの友達から聞いた。友達の話によるとどっかでのたれ死んだらしい。アイツらしい最期だと鼻で笑うことだって出来たこと今の私にはそんな事は出来なかった。

 その昔私はアイツと付き合っていた。それだけじゃなくて同棲までしていた。アイツとの生活はそれは酷いものだった。アイツは私と一緒に住んでいながら他の女と浮気しまくり、それが私にバレると暴力まで振るった。そんなアイツの暴力に耐えられなくなった私はヤツが他の女のところに行っている時を狙ってアパートを飛び出した。私ぶんの荷物とヤツのヘソクリを丸ごと頂いて引越し業者と一緒にトラックで実家に帰ったのだ。

 それから私は別の人と結婚して今は小学生と幼稚園の子供がいる。そんな時に今頃こんな話を聞かされても何も言えるはずがなかった。もう昔のこと、アイツは昔付き合った男の一人にすぎない。そんなふうにアイツを記憶から打ち消そうとしても、そうすればするほどアイツとの思い出が鮮明に浮かんでくる。どっかで無様にのたれ死んだアイツ。だけどやっぱり忘れられない。あんなに酷い事をされても、あれだけ裏切られても、どうしてこんなにアイツとの事を思い出してしまうんだろう。

 今私の前にアイツが私宛に書いた手紙の入っている封筒がある。これはアイツの友達がアイツの部屋にあったものだと言って渡してきたものだけど、開けるのはやっぱり怖かった。

 突然去った私への恨み節が書いてあるのかな。こんな事になるならもう少しアイツのそばにいればよかったなんて思ってしまう。もしかしたら私に対する謝罪が書かれているのかもしれない。そうだったそれはあまりにも遅すぎる謝罪だ。自分の行いを反省しようが、私に謝罪しようがもうすべてが遅い。だけどあの時反省して謝ってくれたらあなたと一緒に過ごしている未来だってあったかもしれないのに。

 私は勇気を出して封を開ける事にした。手紙を読む事にしよう。そうしたからってなんの意味もないけどとにかく読もう。私は封を開けて中の便箋を開いてみた。そこにはアイツの拙い字でこう書かれていた。

「〇〇へ、金貸してくれ」

 これだけだった。私はさっきまでの自分がバカバカしく思えて思いっきり笑った。本当にアイツらしかった。アイツはあれから何も変わっていなかったのだ。笑うのに飽きると今度は泣きたくなってきた。全くどうしようもないクズ男。だけど、だけどこんなアイツが死んでなんでこんなに悲しいんだろう。

 だけど私は泣く寸前で我に返って窓をみた。もうすぐ幼稚園のバスが家に来る頃だ。小学校ももう掃除の時間だろう。私は部屋を出て子供たちを迎える準備を始めた。

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