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妻を殺す

 竹山高次は妻を殺すための計画を実行しようとしていた。理由はここに書くのもためらうほどありきたりな事だ。彼には愛人がいた。その愛人は妻どころか今まで彼が付き合っていた女など比べ物にならないほど美しかった。竹山はとにかく金を貢いで愛人をものにしたのだ。しかし、手に入れることは容易いが、失うこともまた容易い。愛人には彼以外の男からもアプローチがあった。確かに竹山は金持ちだが、彼ぐらいの金を持っているものなどいくらでもいる。彼はこの愛人に夢中になっていて彼女がいなかったら生きていけないほど溺れていた。その竹山に愛人は結婚しなければ別れると言い出したのだ。

 ところが妻は絶対に別れないと言い出した。慰謝料だったらたんまりとやると言うと、彼女は一層態度を硬化させて自殺してとわめき出した。

 こうなってはもう殺すしかない。竹山は考えた末に妻がいつも乗っている車に細工をして妻ごと爆破させることにした。こんな犯罪計画はあまりに突飛でバレバレの犯行だと思うかもしれない。だが、竹山はその仕事のせいで周りから恨みを買いやすい人間だった。世間は竹山の妻が車の爆発に巻き込まれて死んでもきっと身代わりになったと思うに違いない。彼はそう考えて早速殺人計画に取り掛かったのである。

 竹山は秘密裏に仕入れた爆弾をいつも妻に貸している車に取り付けると、車の鍵を手にに笑顔で妻にドライブに行くように勧めた。

「ほら、何そんな陰気な顔して家に閉じこもってるんだよ。最近テニス教室全然行ってないって言うじゃないか。松岡先生から電話があったぞ。月謝も払ってもらってるから来てもらわないとって」

「今それどころじゃないでしょ?テニスなんかできるわけないじゃない!」

 予想通りの反応だった。だが竹山は懲りずに今度は軽井沢にある行きつけのレストランのオーナーが君に会いたがっている時言って車で行くように促した。しかし妻は怪訝な顔で彼を睨んで尋ねてきた。

「ねぇ、どうしてそんなに私をドライブに行かせたがるの?」

 それを聞くと竹山は真顔になって妻にこえ言った。

「俺はお前が毎日陰鬱な顔をしているのに耐えられないんだ。お前をそんなにしたのは俺のせいだ。俺が離婚なんて切り出さなかったらお前を苦しめることはなかったのに」

 そして竹山は泣きながら続けた。

「だからドライブで立ち直ってもらいたいんだよ。そうして素の明るいお前に戻ってもらいたいんだ。俺やっぱりお前を愛しているから!」

 竹山はそう言って妻を抱いた。本心ではこんなババア抱きたくもなかったが、計画の実行のためには仕方がない。妻もあなたがそんなにいうなら今度の土曜に軽井沢行こうかしらとか言ってくる。竹山はこれがこのヘチマ女との最後のセックスと愛人の顔を思い浮かべながらいろんなところを舐めまくって激しく責めてやった。ああ!これでお前ともさようなら後は車と一緒にお陀仏だ。

 しかしである。竹山がいつも乗っていた車が故障してしまったのである。では代わりに他の車に乗ろうとしたが、そちらも何故か故障していた。竹山は妻に鍵を与えた車だけ残して全て修理に出してふて寝していたが、その時突然愛人から電話が来た。今すぐ私を車でどこかに連れて行ってと言って来た。どうしたんだいと聞くともう自殺したい気分だと喚き出した。竹山はそりゃ大変だと思い早速車で出かけようとしたが、この間妻に車の鍵を渡していた事に気づいてすぐさまリビングでテレビを見ていた妻に向かって鍵を寄越すように言った。

「おい、今すぐ車の鍵寄越せ。今から会社に行かなくちゃいけないんだ。部下たちも待ってる。早くしろ!」

「私、今日軽井沢に行くのよ!タクシーで行きなさいよ」

「うるせえ!軽井沢なんて後回しでいいだろ!何がタクシーだ!社長がタクシーなんかで出勤できるかよ!」

「ああん!昨日のあれは何だったのよ!」

「馬鹿野郎!もう事情が変わったんだよ!さっさと鍵よこせ!」

 妻は激怒して竹山に鍵を放り投げた。竹山は鍵を拾うとすぐにガレージに直行した。早く愛人に会わなければ!もしかしたらアイツ俺の愛を試しているのかもしれない。だけどそれでもいい!だって俺はアイツを心の底から愛しているんだから!彼は車のドアを開けてエンジンをかけて思いっきりアクセルを吹かした。


 妻はガレージから部屋が揺れるほどの爆音がしたので何事かと慌ててガレージに向かった。ガレージからは黙々と煙が立ち上りその手前にああ!さっきまで生きていた竹山が仰向けで転がっていた。竹山はアヘ顔で下半身を起立させた状態で倒れていた。そこに一枚の紙がひらひらと舞い降りて来た。妻はそれを手に取って読んだ。手紙には竹山自身の下手な字でこう書かれていた。

『竹山高次さんへ。みんなのために死んでください』


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