見出し画像

地仙大付属高校野球部の奇跡 第三話:野球とは何か

 コイツらはこんなにバカだったのかと谷垣は慨嘆したのだった。あの甲子園の常連の名門地仙大付属野球部がここまで落ちぶれていたとは。社会人野球チームのコーチだった彼の元に地仙大付属の校長が監督にスカウトしにきたのは三ヶ月前だった。その時校長はこう言ったのだ。理事会で今年野球部が結果を残せなかったら野球部は廃部になってしまう。私は名門の地仙大付属高校野球部が廃部になる事には耐えられない。ハッキリ言って今の野球部はあなたの想像を超えて悲惨な状況になっている。お願いだ。今の野球部員たちに本物の野球を教えてやって欲しい。
 そう谷垣は本気で野球部を復活させるつもりでここに赴任してきたのだ。自分が荒れた野球部を立ち直らせ、甲子園に導びこうと。しかし彼が赴任した日に見た野球部は彼の想像とは全く別の方向で酷かったのだ。今谷垣は野球部の面々を眺めて改めてその酷さを確認した。この野球部員たちはストライクさえわからないのだ。彼らにボールってなんだと質問したらボールはボールじゃないですか。とキメ顔で言われるに決まっている。谷垣はもっと根本的な質問をする事に決めた。
「お前ら、野球ってどういうスポーツだか説明してみろ」
 すると再びキャプテンの横島が立ち上がり説明し始めた。
「ふん、監督。あんた俺たちをなんだと思ってるんだ。それが野球を三年間取り組んできた俺たちに対する言葉か?いいさ、説明してやるよ。簡潔に言うと野球ってのはバットでボールを打つスポーツだ。わかりやすい説明だろ?」
「じゃあどういう風にバットでボールを打つんだ?」
「そりゃあれだろ?なんでそんなことまで説明しなきゃいけないんだよ。マウンドからバットでベースに向かってボールを転がすに決まってるじゃないか。ボールがベースの上を通ったら俺たちの得点。三人外れたら交代するんだよ。あんた監督だろ?なんで野球のルールなんか俺たちが説明しなきゃいけないんだよ!」
「で、その野球は何人でやるんだ?」
「九人に決まってるじゃないか!うちの校長もとんだ素人を監督に雇ったものだぜ!」
 監督の頓珍漢極まりない言葉に野球部員は憤慨していた。あまりにも人を馬鹿にした態度だった。今更野球の説明までさせるとは。部員たちは谷垣を睨みつけた。もうこんなやつを叩き出してやろうかと思った。しかし谷垣の次の言葉を聞いた彼らは言葉を失うほどの衝撃を受けたのだった。
「バッターがマウンドからボールを転がしてる間他の八人は何やってるんだ?」

《完》


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?