呻吟の果て
偉大なる文豪フローベールは数々の名作を世に送り出したが、その小説は全て苦しみの果てに完成されたものであった。この二十世紀文学を予見した大作家は徹底した言葉の芸術家で、バルザックのような粗雑な文体を嫌悪し、完璧なる文章を書かんと日々格闘していたという。一文を書いて精読し気に入らなかったら破り捨て、また一から描き直す。当然ながら執筆は遅々として進まず、文豪は日々呻吟してこう叫んでいたという。
「この文にあてまる単語がどうしても見つからぬ!ああ!神は我に何という苦悩を我に与えたのか!」
このフローベールの苦悩は現代に生きる我々にとっても未だ切実な問題となっている。言葉にどうやって向き合うか。いかに完璧な言葉を組み立てて文章を作り上げるか。それは現代作家だけではなく現代に生きる全ての人間に課せられた問題なのだ。今ここにかつてのフローベールのように言葉と格闘している一人の男がいた。彼は呻吟のあまりフローベールと同じようにこう叫んだ。
「この文に当てはまる言葉がどうしても見つからぬ!ああ!神は我に何という苦悩を与えたのか!」
こうさっきからデスクで喚いている男に同僚はいい加減頭に来ていた。もう耐えられぬと同僚の一人が立ち上がり男に向かって怒鳴りつけた。
「なにさっきから喚いてるんだよ!お前いい加減始末書の書き方ぐらい覚えろよ!」
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