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ナンセンスの詩人

 彼はナンセンスの詩人だった。彼は朝起きると笑顔でナンセンスの詩を書いていた。ナンセンスってナンセンス。これはどうもナンセンス。今日は朝からナンセンス。ナスよりナンセンス。そんなことはナンセンス。そんなナンセンスな詩を色紙を次から次へと書いては道端で売っていた。道ゆく人はそんな彼をあざ笑い、いたずら者は彼の色紙に落書までした。彼は皆の無理解に苦しんだ。どうして僕のナンセンスをわかってくれないんだろう。こうなったら嫌でも僕のナンセンスをわからせてやると彼は決意し、翌日から太い筆でナンセンスとだけ大書した色紙を売り出した。辺りはナンセンス、ナンセンス、ナンセンス、ナンセンス、ナンセンス、ナンセンス、ナンセンスの山となったが、やはり誰も彼のナンセンスを買うものはいなかった。彼はそれでも毎日ナンセンスの色紙を書き、書き終えるとすぐに道端で色紙を売ったが買う人は誰一人いなかった。そしてとうとう彼は絶望し自殺を考えた。やはり自分は呪われた芸術家。この世界に生まれるべきではなかったのだ。そう思いつめた彼は地面にナンセンスと大書して、近くの建物の屋上まで駆け上ると、自ら地面に書いたナンセンスの字に向かって飛び降りたのである。飛び降りてペシャンコになった彼の肉と血飛沫は地面のナンセンスの字を彩り、まさにナンセンスな光景を作り出した。この事件の噂はたちまちのうちに世の中に広まった。ナンセンスと書いた色紙を売っていた男がまさにナンセンスな死を遂げたというこの事件は、時を経るとまるで天才芸術家の悲劇として語られるようになった。あまりにもナンセンスすぎて世の中に受け入れられずナンセンスへ向かって飛び降りた天才芸術家の悲劇。この名前もない男のあまりにもナンセンスな悲劇はあまりにも現実離れしていてあり得なさそうな話だが、それは当たり前で実際にこんなナンセンスな話は全くナンセンスでナンセンスなくらいありえない話である。


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