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最期のエッセイ

 人気エッセイスト柿杉留雄のエッセイが最近急に話題になった。それはエッセイの内容もそうだが、一番話題になったのは彼の文章そのものであった。柿杉は三十年以上前から某週刊誌にエッセイを連載しているが、彼のエッセイは非常に饒舌で、小説や音楽や映画などの文化関連。またはファッションやグルメや旅行についてうんざりするぐらいまるで牛馬の如くうんちくをたれながら書いていたが、その柿杉の文章からそれらの題材が全く消え、身辺雑記を簡潔に書くだけになったのだ。文章そのものも妙にストイックになり、内容も人生の儚さやとか時の流れの無情さとかいったものばかりになった。そしてとうとうまるで俳句か短詩みたいなものを白紙だらけの見開きの真ん中に『今日も生きた。太陽に感謝を』とか『時計の針を戻しても時間は戻せない。あるがままを受け入れよう』とか箴言めいたものを書き出した。当然読者から見開き二ページを使ってのたったこれだけしか書かないとは何事かと抗議が来そうなものだが、しかし全く抗議は来なかった。それどころか、「柿杉さんが心配だ」「やはりあの柿杉さんも歳だから」という長年の愛読者からの心配の声や、「あのちゃらんぽらんで大嫌いだった柿杉がようやくまともなことを言った」「バカだと思っていた柿杉がこれほど真面目に人生を考えているなんて思わなかった」という彼を嫌っていた読者も柿杉のエッセイを読むようになり、編集部には柿杉の最期まで連載を続けろとという声が殺到した。

 そんな声がひしめく中今週の柿杉のエッセイが載った週刊誌が発売されたが、皆その見出しに衝撃を受けた。そこには他のトップニュースを差し置いて柿杉留雄のエッセイが最終回である事が書かれていた。読者はコンビニや本屋やWEBで一斉にエッセイに飛びつき彼のエッセイを読んだ。












生きるって素晴らしい。

みんなさようなら……













 この柿杉留雄の最後のエッセイはとんでもない反響を呼び起こした。死を迎えようとする男の最期の言葉だった。この彼が衰えゆく体を振り絞って書いたラストメッセージは今まで彼を嫌っていた人間の心さえも打った。反響はテレビにも及びとうとうとあるテレビ局が彼を取材した。

 テレビ局が彼の自宅のベルを鳴らすと意外にも元気、いや元気すぎるほど丸々太った柿杉留雄が現れた。自堕落の極みのデブデブ男の彼はテレビの取材に対し、開口一番こう言った。

「別に俺死なないからまぁ体は不摂生すぎていろんなとこ悪いんだけど、死ぬとかそんなんじゃねえから。俺があんな小っ恥ずかしい文章書いたのは、ただネタがなくなっただけ。ネタ無くなっちゃたから適当に鼻ほじってあんなことを書いて、どうせ連載打ち切りだろうなって思ってたら、みんなまじに俺の体心配してさぁ。もう俺のところにお悔やみの電話とかかかって迷惑してんのよ。だからもうちゃんとテレビで放送して!柿杉留雄は元気ですって!それで次の仕事も探してるってついでにことも伝えといて!俺仕事無くなっちゃってじきに住宅ローン払えなくなるから!」

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