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謝罪会見

 会場にはマスコミがひしめいていた。新型肺炎が蔓延する状況であるが、それでもこの会見は特ダネなのだろう。まだ空席の長机を見ながら今か今かと会見が始まるのを待ちわびている。なんといってもロックバンドRain dropsが東京ドームのライブで起こしたあの大惨事について当の本人が自ら謝罪に現れるのだ。抜け落ちたカリスマ。つるりと滑った男と嘲笑されてもやはりカリスマロックバンド。その影響力は絶大なものであったあった。その謝罪会見はインターネットでも中継され、SNSなどではトレンドが全て謝罪会見で埋め尽くされていた。バンドを嘲笑し神は死んだというもの。紙なしでも用は足せるというものもいた。しかしそんな意見が大多数を占める中、心あるファンは誠実に彼の謝罪を受け入れるつもりでいた。神なんかなくても音楽さあればいい!という意見。もしかしたら私達が彼をあんなになるまで苦しめていたんだわと反省の書き込み。そしてファンの共感を最も集めたのが次の書き込みである。
『彼が全てを正直に話せば私達は彼を許すし一生Rain dropsを追い続けるよ。だって私達は彼という太陽に照らされた雨粒達なんだから!』

 時間になり司会者が「皆さま会見場にお越しくださりありがとうございます。Rain dropsのボーカル照山さん登場です」と挨拶すると、スーツ姿の男が一礼しながら出てきたのだが、おかしな事にちゃんと髪の毛が揃っているのである。あの東京ドームで起こった、今やYouTubeでもおすすめに載ってるぐらい有名な、あのカツラを飛ばしたハゲヅラじゃないのである。当然マスコミはどよめき一斉に質問しだす。その髪はどうしたんですか!あなた東京ドームであからさまにカツラがバレたのにまだごまかし続けるんですか!と矢継ぎ早に厳しい質問が飛んだ。しかし照山はその質問に丁寧に答え、自分はずっと円形脱毛症だった。だからカツラを付けていたんだと話し出した。だけどもう安心だ。僕はもう立ち直った。ご覧の通り髪も生えてきた。だからと照山は話を一旦とめこう言った。
「だからみんな僕をもう一度だけ信じて欲しい。僕はもう立ち直った。大丈夫なんだ」

 ファンは会見での、照山この思わぬ釈明にビックリしたものの、やっぱり照山君を円形脱毛症になるまで苦しめていたのは私達と反省しRain dropsを支持すると宣言したが、マスコミはそんな説明では到底納得いかなかった。円形脱毛症?あのハゲは円形脱毛症ではありえないでしょ?なんで全部剃らないで耳のあたりは残したんですか?円形脱毛症って耳のあたりまで広い円を作るんですか?とさらに照山を厳しく問い詰める。ファンはそんなマスコミに大激怒し、『照山君が円形脱毛症って言ってるんだから円形脱毛症なの!あんたら医者でもないくせに勝手に診断するんじゃねえよ!』と猛抗議した。しかしそんなSNSの抗議など現場のマスコミに届くはずがない。事件はSNSではなく現場で起こっているのだ。ついにヒートアップした記者の一人がこんな暴言を言った。
「じゃあ、その髪がカツラじゃなくて地毛だっていうんなら髪を鷲掴みにして引っ張ってみてくださいよ!そうじゃないとカツラじゃないって証明できないじゃないですか!」

 会場にいた人間はこのあまりに醜悪な暴言に呆然となり、会場は急に静まってしまった。みな一斉に照山を見た。
照山は怒って帰ることも出来た。というより帰って当然の暴言だった。しかし彼にはプライドがあった。こんな連中に負けてたまるかという思いもあった。鷲掴みにしても取れるはずがないとの思いで彼は髪を鷲掴みして、そして力いっぱい引っ張ったのである。

 その途端会場は阿鼻叫喚の騒ぎになり、SNSでは野次馬の嘲笑とファンの絶叫が止まらなくなってしまった。照山はまた汗でカツラが取れてしまったと慌ててカツラをつけて嘆き、マスコミは今の撮ったかと口々に喚きだす。そしていち早くSNSに決定的な瞬間をおさめた画像が出回った。そこには勢いよく左手でカツラをあげてハゲ散らかした笑顔でニッコリと微笑むカリスマロックバンドのボーカル照山のベストショットがあった。

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