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視る男

 街の外れの小さな美術館に一日中館内にいる男がいた。その男は着物姿の白髪の老人で開館から閉館まで微動だにせずずっと無言で立っていた。美術館のスタッフは誰も老人が入るところも出るところも見たことがないという。この老人の姿は当然観覧者の目についた。観覧者は口々に老人のことを噂しあった。ある人は老人を高名な美術評論家じゃないかと言い、またある人は画家じゃないかと言った。いやもしかしたらと別の人がこう言った。「もしかしたら幽霊じゃないか」

 老人はいつも館内を徘徊し時々止まって前屈みの姿勢で展示物を見ていた。他の観覧者は決まって老人を避けていた。何か近づけない雰囲気があったからだ。しかしある日家族連れで館内に入った観覧者の子供が老人にぶつかってしまった。老人はその場にバッタリと倒れて彫像のように動かなくなってしまった。近くにいた観覧者は慌ててスタッフを呼んだが、当の子供は動かない老人を面白がって突いたり叩いたりして遊び出した。子供の両親は真っ青な顔をして子供を老人から引き離し思いっきり叱った。しかし老人は倒れたままだ。

 美術館のスタッフが駆けつけてきて老人に向かって呼びかけた。しかし老人は倒れたまま動かない。老人とぶつかった家族連れは不安そうな顔で事態を見守っていた。「とにかく救急車を呼ぼう」とスタッフの一人が言った。すると他のスタッフがすぐさまスマホを取り出して119番に繋いだ。しかし混雑しているのか電波が悪いのかわからないが一向に119番に繋がらなかった。スタッフは諦めてならば近くの直接病院に電話をかけようと病院をググり出した。その時最初に119番をしようと提案したスタッフが老人の家はどこなんだろうと呟いた。するとなんと老人が突然パチクリと目を開けて立ち上がったではないか。この老人の驚愕の大復活に館内はどよめいた。

 老人は厳しい顔でスタッフに館長はどこにいると聞いた。これを聞いたスタッフはもしかしたら当館を警察に訴えるのかと思い慌てて深く頭を下げて謝った。しかし老人は一層厳しい顔でもう一度館長はどこだと聞いた。この張り詰めた空気に耐えられなかったのか、先程老人とぶつかった子供は大声で泣き出した。

 もう現場は地獄であった。いつもは静かな美術館が一瞬にして修羅場と化してしまった。このまま行ったら警察沙汰になりかねないとその場にいたもの全てが思っていたその時、どこかから足音が聞こえきた。

「館長だ!」

 とスタッフが足音の方に顔を向けて呟いた。するとそれを聞いた老人がサッと足音の方に駆けていった。スタッフは館長に危害が加えられないかと慌て老人を追った。

 スタッフは美術館の入り口で老人と館長を見つけたが、二人の衝撃的な会話を聞いて衝撃のあまり立ち尽くした。

「この家泥棒め!やっと見つけたぞ!人が地下にいる間に勝手に人ん家の上にこんなわけのわからないガラクタ作りやがって!ワシはずっとこのガラクタ屋敷でお前を待っていたんだ!早くこのガラクタぶっ壊してうちから出ていけ!」

「申し訳ありません!それもこれも不動産屋が悪いんです!私もここが空き地だって言われたから!」

「うるさい!何が空き地だ!貴様がこのガラクタ屋敷を作ったせいでワシの生活は無茶苦茶になったんだぞ!家を出るにも入るにもこのガラクタ屋敷を通らなきゃいけなくなったんだ!早くガラクタ屋敷をぶっ壊してとっとと出ていきやがれ!」


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