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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第十九回:一触即発

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 露都の言葉を聞いて隣のテーブルに座っていたサーチ&デストロイのメンバーは一斉に立ち上って彼を取り囲んだ。スーツの男はこの事態に慌てふためいてあわあわしていた。しかし露都は動揺しなかった。逆に連中を思いっきり睨みつけてやった。彼は連中の馬鹿げたパンクファッションと白髪と皺だらけの顔を見て激しい苛立ちを感じた。全くいい年こいてなにいきがってやがるんだ。垂蔵もお前らも社会のゴミじゃないか。いつになったらそのアナーキズムだ、革命だ、破壊だって幼稚な戯言をやめるんだ?そんなものは中学あたりで卒業すべきもんだろうが!

 ギターのジョニーが露都のテーブルに片肘かけて「ほぉい、ホラァ~」と凄んできた。だが露都はその歯の抜けた口から放たれた声に全然張りがなく、少しの迫力もなかったので思わず笑ってしまった。それに頭に来たのかドラムのトミーが「このガキ」と言いながら露都の肩を掴んだ。しかしその時露都の向かいに座っていたイギーがドスの効いた声で二人を制した。

「お前らやめろ。病院で暴れて垂蔵が追い出されたらどうすんだよ。俺たちゃ喧嘩しにきたんじゃねえんだよ。話し合いに来たんだよ。は、な、し、あ、い。わかるか?」

 二人の爺さんはイギーに注意された途端に大人しくなり自分のいたテーブルに戻って行った。露都でさえその迫力に怯んだ。イギーは再び露都の方を向いてにっこりと不気味な笑顔を浮かべて言った。

「なぁ坊主、別にそんな喧嘩腰になる事ねえじゃねえか。俺たちはお前に相談したいことがあってここに呼んだんだからさ」

「だからその相談ってのはなんなのですか!早く言ってください!」

 露都は不安に駆られて思わず声を張り上げた。やっぱりこいつらは俺にライブの賠償金を払わせようとしている。多分垂蔵の奴が連中にそうするよう吹き込んだに違いない。アイツだったら多少金がある。なんたって高級官僚様だからな。ちょいと拝みゃ金ぐらい出すだろう。出さなかったら俺との関係世間にバラすぞって脅しつけてやればいい。したらアイツ泣いて金出すぞってな。やっぱり垂蔵など信用してはいけないのだ。アイツは母さんを始めとする人たちの信頼を全て裏切ってきた人間なんだから。だからこの場ではっきりとコイツラと垂蔵に言ってやる。二度とお前たちとはかかわらない。そしてサトルとはもう二度と会わせないと。

「おいおい、今、喧嘩腰になるなって言っただろ?お前は親父に似てせっかちなとこあるな。高級官僚さまなんだからもうちっとどしっと構えろや!」

 そう言うとイギーは自分の前に置かれた缶コーヒーのプルタブを開けて飲み始めた。そしてひとしきり飲むと缶をテーブルに置いて後ろに立っていたスーツ姿の男を呼んて露都に紹介した。

「話は全部こいつから聞いてくれ。こいつ覚えてるか?ウチの社長の息子の家時来未いえときみくる。まあ、俺たちはいつも毛ジラミって呼んでる。お前もガキの頃ライブでコイツに何回も会っているだろ?」

 しかし露都はこのやたらおどおどしている毛ジラミという哀れにもほどがあるあだ名をつけられた青年と会った記憶がまるでなかった。彼はこの真面目そうな青年に対してその事を申し訳なく思った。

「すみません。申し訳ないですが、僕はあなたの事を覚えてません。僕が父のライブに連れて行かれたのは小学校上がるか上がらないかぐらいまでだったと思うのですが、残念なことにライブの事は殆ど忘れてしまっているんです」 

 この露都の言葉を聞いて毛ジラミと哀れにもほどのあるあだ名をつけられた家時は本当に悲しそうな顔をした。

「はぁ、そうですよね。ずっと昔の事ですからね。だけど僕は露都さんの事は今もハッキリ覚えていますよ。露都さんいつもライブ中に泣いていたから僕がそのたんびにうまい棒上げて宥めていたんです。露都さん僕より年上なのにあんなにライブを怖がっていて可愛かったです。いやぁ、いい思い出だなぁ」

 露都はこの毛ジラミと哀れにもほどがあるあだ名をつけられた家時に自分の全く記憶していない恥ずかしい過去をばらされて羞恥のあまり泣きたくなった。その露都をサーチ&デストロイのメンバーたちはそうだったよなぁ!とせせら笑った。しかしイギーが笑いながら立っている家時に向かって「この泣き虫の坊ちゃんに早く用件伝えてやれ」と急かしたのでメンバーたちは笑うのをやめ露都たちの方を見た。

 イギーは家時に向かって椅子を持って自分の隣に座れと言った。家時はイギーの言う通りに椅子を持ってきてイギーの隣に座ったのだが、その途端緊張したのかハンカチで顔を吹き出した。そうして顔を拭き、ハンカチをポケットにしまうと、家時は露都に向かって頭を下げ、朝の電話の礼を言ってから話を始めた。

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