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尊氏と直義

 後に室町幕府の初代将軍と呼ばれることになる征夷大将軍の足利尊氏とその弟である三位の足利直義の兄弟はとても仲が良かった。彼らは共に鎌倉幕府を倒しそして後醍醐天皇に逆らって室町幕府を立てた。しかし組織には内紛がつきもので誤解が誤解を呼び、二人の仲は急激に仲が悪くなってしまい、とうとう観応の騒乱を引き起こしてしまった。そして長い騒乱は尊氏の勝利に終わり、勝者となった尊氏は降伏してきた直義を寺へ閉じ込めた。尊氏はこのまま直義を打首にすることも出来ただろう。しかし愛する弟を打首にすることなど彼には出来なかった。尊氏は直義を寺に閉じ込めてから毎日弟の健康状態を聞いた。聞けば直義は尊氏の手紙を読もせず破って捨て、出された食事に箸さえつけていないそうである。そしてこんなせこい事をしないでさっさと自分を打首にしろと罵っているそうだ。尊氏はこの話を聞いて心が痛んだ。愛する弟がそこまで人間不信に陥っているとは。あれほど僕たちはずっ兄弟だよって手紙を送ったのに読みもせず破るとは。尊氏はどうしたら直義に何か食べさせる事が出来るか考えた。そして直義が子供時代に饅頭が大好きだった事を思い出したのである。尊氏は早速家来を召して今日の菓子屋に饅頭を買わせるとそれを直義に届けた。

 その翌日である。尊氏の元に早馬が駆けつけてきて直義が急死した事を知らせた。使者は直義がしたためたらしい遺書を尊氏に差し出した。そこには震えた筆跡でこんな事が書かれていた。

『見事じゃ兄上。この直義を見事謀るとは。普通の飯じゃ殺せんからって余の好きな饅頭を持ってくるとは思わなかった。これを出されたらいくら頭のいい余だって絆されてしまうわ。天晴れ兄上。見事なまでの卑怯者。御身の成した事には必ずや報いが来るであろう!」

 尊氏はこの遺書を読み終わると家来を集めて直義の食いかけの饅頭を指差しながら怒鳴りつけた。

「直義の饅頭に毒を持ったのは誰ぞ!余は愛する弟に大好きな饅頭を食べて欲しかったのだ!弟を殺めるつもりなどなかったのだ!直義の饅頭に毒を持ったもの前に出よ!余がその首刎ねてくれるわ!」

 すると家来の中から医者が前に出てきた。尊氏はその方かと刀に手をかけたが医者は拙者ではありませぬ。饅頭を調べれば犯人がわかるかもしれないので上様饅頭を見せてくださいと頭を下げたので尊氏は刀を納めて医者に饅頭を調べるのを許可した。尊氏は家来を睨みつけ誰が直義を殺めたのかと考えた。佐々木判官か、または細川か、山名か、それとも……。その時医者が姿勢を正して尊氏に向かって言った。

「この饅頭腐ってますね。直義様は恐らく食あたりで亡くなってます。多分賞味期限とっくに過ぎた饅頭だったんですね、こんなものを最期に食わされて直義様は可哀想です。この饅頭って多分9割引とかのセールで売ってたやつじゃないですか?そういうものを食べさせちゃダメですよ。一体誰がこんなもの買ったんでしょうね」

 医者がそう話した途端一人の男が金をジャラジャラ鳴らしてその場から逃げ出した。尊氏は家来に向かって叫んだ。

「あのちょろまかし野郎を打て!打ったらたんまり褒美をくれてやるわ!」


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