見出し画像

人情刑事村雨孝蔵の事件簿 最終回

事件はいつも崖でクライマックスを迎える。今日も村雨をはじめとした刑事たちは崖を目指して車を走らせていた。運転している部下の墨田によればその女性の容疑者は旦那をヒ素で毒殺した容疑で逮捕状が出たが、逮捕される前に逃げ出して今は崖に飛び込もうとしているということだった。村雨は女性と聞いて心がはやるのを感じた。彼は墨田に向かってフルスピードで車を走らせるように言った。もう一刻の猶予もない。

崖では容疑者が先程から、もう罪は隠せない。今から死んで罪を償うわと叫んでいる。その容疑者の周りには容疑者の友達とそして彼女の不倫相手が必死で彼女を止めていた。彼女の不倫相手はこう説得していた。
「あんな男のために君が死ぬ必要はない!裁判官だって情状酌量してくれるはずだ!早まるなよ!君はこんなところで死ぬべき人間じゃないんだ!僕は君が刑期を終えて戻ってくるのをずっと待ってるからさあこっちにおいで!」
「出来ないわ!そんなこと私はもう汚れてしまったのよ!私なんか忘れてよ!」
その時捜査員の中から村雨が現れた。くたびれたコートを羽織った老年に近い男だ。その口元に刻まれた皺は彼が送ってきた人生の重みを感じさせた。
「お姉さん。あんたこっから飛び降りて死ぬ気かい?」
「ええ、そうよ。刑事さん……何よそんなに細い目で見つめて!いいから私のことなんか放っといてよ!今すぐ飛び降りてやる!」
もはや一刻の猶予もない。村雨は自分の後ろにいる容疑者の知り合いを見た。容疑者の愛人以外は全て女である。彼は唇をかみしめて容疑者に向かって言った。
「あんた、くだらない意地を張るのはもうやめるんだ。悪いやつなんて誰もいやしない。いるとしたら……」
そう言うと村雨はいきなり手錠を容疑者の愛人にかけた。そして愛人をボッコボッコにしながらこう説教した。
「そんなにこの女を愛しているのならお前はなぜ自分が犯人だと言わないんだ!この極悪人め!テメエの罪を被ってくれた愛する女を崖から飛び込ませようとしやがって!」

容疑者の愛人は俺じゃない!俺じゃないと醜い抵抗をしていたが、それも虚しくとうとうパトカーに放り込まれてしまった。そんな中女はいつの間にか村雨に抱かれて崖の向こうにあるホテルへと向かっていた。その道の途中で女は村雨に向かってうっとりとした表情で囁いた。
「私、悪い女なんです。実は彼の他にも百人を超える男が……」
「いいってことよ。人間生きてりゃいろいろあるさ」

《完》


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?