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カメラ・アイ

 ソビエトの映画監督ジガ・ヴェルドフが言ったかどうかわからない、っていうかたった今私の思いついたことだけど、カメラは決して真実を写さない。新聞やテレビニュースで見る写真はカメラマンが苦心して撮った現実の紛い物だ。人々は写真により緊迫感のあるものを求める。激しい戦闘、号泣する女性たち。解放された喜びを全身で表現する市民たち。カメラマンは時にズームや演出を使ってよりインパクトのある画面を作り出す。いわゆるリアリティと現実は違うものだ。リアリティとはそれらしく見栄えのするもの。現実とは私たちの周りにあるありふれたつまらない光景だ。

 今私はとある俳優と人気モデルの写真を撮っている。とはいっても私は二人の目の前で撮っているわけではない。なんと二人から100メートル離れて撮っているのだ。なぜそうしているのかというと俳優がモデルに比べて小さすぎるからである。人気俳優はイケメンで背が高くて足が長いとよくテレビや女性誌に書かれているが、実際には真逆だ。だけど俳優は今更ちびっ子ですと明かすわけにいかないから、こうしてグラビアの撮影に望遠レンズなんか使わなくちゃいけないのだ。

 カメラに詳しい人ならわかると思うけど、望遠レンズを使うと距離が圧縮されて前後に離れた人が隣りにいるように見えることがある。その錯覚を使って今撮影を行っているのだ。

 俳優には彼の腕を精巧に形どった腕のマネキンをモデルの肩に置いてもらい。モデルには俳優と同じ高さに写せるようにバレないギリギリの範囲で足を曲げてもらうよう頼む。しかしモデルはこれ以上は座らなきゃ無理とこちらに×印で拒否する。しかし私は彼女に向かって手を合わせてそこをなんとかとお願いする。モデルは私の頼みを聞き入れ頼むからすぐに撮ってくれとジェスチャーしてきた。

 そんな私たちの苦労を知らない人気俳優はでかい声で私に向かって「早く撮れこのブス!腕が疲れるだろうが!」とか抜かしてきた。私は思わずこのどチビをふん捕まえて東京タワーかスカイツリーにぶん投げてやろうかと思ったけど、そこは大人だから我慢しなければならない。私は明らかに苦しがっているモデルをガッツポーズで励まして笑顔を作らせてそしてカメラのシャッターを切りまくった。

 撮影が終わると私は駆け足で俳優とモデルのところに向かった。二人とも忙しい身だ。この深夜の撮影が終わっても翌朝からまた仕事が待っている。私は出来上がった写真を二人に見せた。正直に言ってこの写真は私の自信作だ。ファッションカメラマンとやってきてよかったと思った。涙すら流して喜びんでいるモデルの子も同じようにどチビの俳優に合わせる苦労が報われたと思っているのだろう。しかしこのどチビ俳優はそんな私たちの苦労をあっさりと踏み躙った。どチビは写真を見て結構上手く撮れてんじゃんとどチビにカッケつけて微笑んだけど、急に真顔になって私に言った。

「おい、ブス見ろよ。写真のこの手のマネキン。ホクロがねえじゃねえか。お前らちゃんと俺の手見たのか?このイケメンで背の高い俺の手にはチャームポイントのホクロがあるんだぞ。やり直し!早く手にホクロ描いてまた撮り直すぞ!」

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