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全身女優モエコ 第四部 第六回:主役は勝ち取るもの!

 モエコに無理矢理車から引きずり出されてそのまま引っ張られて移動していた私は、駐車場を見慣れぬ車が一台止まっているのを見た。私は車を見て急に鼓動が速くなるのを感じた。私はモエコに注意をうながすためにわざと地べたに這いつくばって抵抗した。

「何やってんのよ!アンタ!モエコ鶴亀おぢいちゃんに挨拶しなきゃいけないのよ!アンタのイヤダイヤダに付き合ってられないのよ!早く立ちなさいよ!いい大人がみっともないと思わないの?」

「バカもの!」と私は彼女を怒鳴りつけた。

「何が早く立ちなさいだ!人を無理矢理車から引きずり出してよくそんなこと言えるな!勝手にハンドル握って無茶苦茶しゃがって!……いや、だが今はそんなこと言ってる場合じゃない。モエコ。今、事務所の中には大事なお客さんがいる。絶対にお客さんに失礼な態度取るなよ!挨拶ぐらいキッチリしろよ!ムカついたからって絶対に口答えするなよ!わかったか?」

「何よ、いきなり威張り腐って。あなたさっきまで腰抜かしてたくせに事務所に着いたからっていきなりマネージャー面するんじゃないわよ!全くちょっと信号無視してダンプカーとぶつかりそうになったぐらいで死にそうな顔して!」

「当たり前だボケ!あんなことされて平気な人間がいるか!いや、それはもういい。……とにかくお客さんには粗相のないように!お茶を出すぐらいの態度で接しろ!もう一度言うが絶対に、絶対に口答えするなよ!」

「な〜によ、急にそんな深刻な顔して!似合わないからやめなさいよ!それでその客ってどんな客なのよ。もしかして、共演者全員モエコに挨拶に来たの?ああ!なんて素晴らしい方たちなんでしょう!この女優になりたての田舎の純真な美少女のモエコの所にわざわざ挨拶に来てくれるなんて!」

「一人で盛り上がってるとこ悪いが、共演者なんかきてねえよ。ってか、あんなスター達がドラマ経験もほとんどねえような新人女優のとこなんかわざわざ挨拶になんかくるかよ!」

「じゃあ誰が来るのよ!スターの他に誰がいるのよ!アンタが私に畏れって言うぐらい偉い人って言うのは!」

「お前を役に推薦してくれたドラマのプロデューサーだよ。まぁ、俺の勘が間違ってなかったらだけどな。あのプロデューサーは昔から社長と付き合いがある。それでお前に会いにわざわざ事務所まできたんだろう。お前を本当にドラマに出演させていいのか確認するためにな!」

「まぁ、そのプロデューサーのおぢさまがモエコを推薦してくれたの?バカね、あなた。モエコがそんな恩人に失礼な態度とると思うの?モエコは涙を流して感謝するわ!ほっぺたにキスだってしてあげるわ!だってその方がモエコにあんな素晴らしい役をくれたんですもの!」


モエコはそう言うと嬉しさのあまりスキップなんかして事務所へと入った。私もモエコの後から慌てて事務所に入ったが、その時事務員が私を呼び止めた。

「猪狩のチンポ兄さん、今大事な客がいてはるねん。あの今度モエコが出るドラマのプロデューサーやけどな、モエコに会いに来たらしいで」

 やはり私の勘は当たっていた。しかしよく考えれば収録前に自分の選んだ俳優に会って出演させていいものか確認するのは当たり前の事だ。俳優が本当に役に適性なのか。またスキャンダルは持っていないか。これは一種の最終試験だ。ただ契約書にサインして終わりというわけではない。私は能天気に口笛なんか吹いてるモエコに近づき客が私の言った通りドラマのプロデューサーであることを伝えた。その上で改めてモエコに釘を差した。

「いいか、お前は今から社長に挨拶して挨拶契約書にサインだけしにに行くんじゃない。これは最終試験なんだ。いいか?さっきも話したようにプロデューサーには礼儀正しく振る舞えよ。決して口答えするんじゃないぞ!」

「ああうるさいわね!何度も何度も!このモエコさんが大恩人のおじさまに失礼なことするわけないでしょ?アンタは余計な心配しないで黙って立ってればいいのよ」

 モエコはそう言うと軽やかな足取りで鶴亀とプロデューサーがいる社長室へと向かった。私はそのモエコを見て不安になった。ああ!モエコがあんなに舞い上がっている時は絶対にろくでもないことが起こる。そうならぬように手綱を引き締めなければと誓った。社長室の前にボディガードよろしく立っていた事務員は私とモエコを見るとあからさまに緊張した態度で言った。

「チンポ兄さん、大変やわ。あのプロデューサーさん、こっち来るなり今日はモエコの品定めに来たとか言うねん。気つけや。ありゃ舐めた態度とったら何するかわからへんで」

 私はモエコを見て改めて注意を促した。しかしモエコのやつは私の注意など聞く耳持たんとばかりにいきなり社長室のドアを開けて踊るように中に入ったのだ。

「鶴亀おぢいちゃんお久しぶり!そしてプロデューサーのおぢさまはじめまして!あなたがモエコをヒロインに抜擢してくれたのね!しかもあんな素敵な役で!ああ!モエコ感激だわ!ありがとう!」

 部屋に入って来るなりモエコが言った言葉を聞いて鶴亀とその隣に座っている男は顔を見合わせた。私も頭が?マークになった。主演?モエコは何を言っているんだ?だが彼女はそんな私達のことなど気にもとめずひとり語りを続けた。

「ああ!モエコは初の主演でしかもあんなシンデレラみたいな女の子を演じられるんだわ!不幸な人生を送っていた杉本愛美はとうとう運命の人と出会うの。そして二人は結ばれるのよ!互いに裸になって永遠の契を交わすのよ!ああ!最高だわ!早く愛美ちゃんを演じたくてたまらないわ!ねえ、プロデューサーさん!今からモエコを撮影現場に連れて行って!この火山モエコ絶対に愛美ちゃん演じきってみせるわ!」

 鶴亀とプロデューサーは訝しげな視線で私を見た。一体どうなっているんだと言わんばかりの表情だ。私も訳がわからずただ戸惑った。そんな中モエコは一人ああ!とか言ってうっとりした目で天を仰いでいる。その時だった。社長の隣に座っていたプロデューサーがモエコに声をかけたのだ。

「あの……盛り上がってるとこすまないけどね。君、主演じゃないから」

 このプロデューサーの一言を聞いたモエコは思いっきり目をひん剥いてプロデューサーを凝視した。モエコはあまりに衝撃的過ぎる事実を聞かされて頭が真っ白になっているようだった。そしてモエコは崩れ落ち、床を叩きつけて全身から絞り出すような声で叫んだ。

「ど……どういう事。どういうことよーっ!」

「このジジイ!純真な田舎の美少女のモエコを騙しやがって!なんでモエコが演じる杉本愛美が主役じゃないのよ!おかしいじゃない!あんなシンデレラみたいな不幸な美少女がただの脇役だなんて!モエコ抗議するわ!断じてそんな事許さないわ!」

「いや、そんなこと言っても台本がそうなってるんだよ。だいたい君はドラマの中盤から登場することになるんだよ。主役がドラマの途中から出るなんてありえないじゃないか」

「そんなものモエコの知ったことじゃないわよ!モエコはただ愛美ちゃんが可愛そうなだけよ!こんな不幸な子が主役にもなれず脇役で一生を終えなきゃならないなんて残酷すぎるわ!あなた達は愛美ちゃんをどれだけいぢめれば気が済むのよ!」

 やっぱり予想通り、いや予想よりも最悪な事態になってしまった。もう何もかも終わりだ。一作ちょい役でドラマに出ただけの新人女優が自分を重要な役に抜擢してくれたプロデューサーになんで自分は主役じゃないのと暴言を吐くだなんて前代未聞だ。ああ!これで何もかも終わりだと私が頭を抱えた瞬間、モエコに散々罵られたプロデューサーがいきなり笑い出したのだ。

「君、面白いなぁ~。社長の言うとおりだ。こんな無茶苦茶な女優見たことないよ」

「せやろ?おもろい子やろ。この子最初会った時ワシに殴りかかって来たんやで。まるで火山みたいやろ?芸名の通りやないか」

「何がおかしいんだ!このジジイども!モエコが愛美ちゃんいぢめに抗議しているのがそんなに面白いのか!」

「いやいや、そうじゃない。私は君という存在が面白いと思ったんだ。君のように登場人物のために本気で抗議する人間なんて今まで見たこともなかったからね」

「当たり前じゃない!あんないぢめられづくしの不幸な女の子がスポットライトを浴びることもなく退場するなんてありえないわ!」

「わかった、わかった。で、さっき私は君に対して主役じゃないと言ったけど、少々言葉足らずだったからあらためて説明するよ。確かに君はこのドラマの主役じゃない。だけどこのドラマそもそも群像劇だからそもそも主役なんていないんだよ。ただメインキャラクターが数人いるだけさ。誰が主役であるか判断するのはテレビの前の視聴者なんだ。ということは視聴者に最も印象に残った人間こそこのドラマの主役なんだ。私がなぜ君を杉本愛美役に選んだかわかるかね?それは君こそが最も杉本愛美にふさわしく、そして一番視聴者に強い印象を与えられると思ったからだ」

 これはうまい説得だと私は思った。プロデューサーの言っていることはあからさまなデタラメなのだが単純な熱血漢のモエコにはこの説得が一番効果的だ。さすが手練のプロデューサーだ海千山千の芸能人を扱ってきただけのことはある。現にモエコはプロデューサーの言葉を聞いて目を潤ませているではないか。

「ああ!あなたの言うとおりよ!さっきジジイなんて言ってごめんなさい!あなたは立派な足ながおじさんだわ!あなたがボケて介護が必要になったらモエコ足ながおじさん募金に一億円振り込んで上げるわ!そうよ!主役は与えれるものじゃなくて自分で勝ち取るもの!モエコ命を賭けて杉本愛美を主役にしてみせるわ!」

 プロデューサーは笑顔でモエコの言葉の節々に相槌を打っていたそして彼女が喋り終わってしばらくすると口を開いた。

「で、モエコさん、一つ質問なんだが、君、三日月エリカと大ゲンカしたっていうのは本当なのかね?」

 三日月エリカ。その名前を聞くなりモエコは全身を震わせた。三日月エリカ!三日月エリカ!未だにあの屈辱は忘れられない。あのシンデレラを侮辱した舞台。あのすべての役者を侮蔑した態度。何よりも許せなかったのは大噴火から命からがら逃げてきた自分に対して三日月がマグマで丸焼きになってしまえと言い放ったことだ。ああ!三日月エリカ!今度あったら殺してやりたい!

「本当よ!あの畜生女はモエコに向かってマグマに溺れて死んでしまえばいいって言ったのよ!」

 それを聞いたプロデューサーは何故か鶴岡と顔を見合わせた。それから続けてモエコに聞いた。

「そうか。で、君はその三日月エリカとドラマで共演することになるんだけどそれはわかっているよね?」

  この言葉を聞いてモエコは烈火のごとく怒った。

「なんで三日月なんかがいるのよ!アイツがこの神聖なドラマに存在するなんて身の毛もよだつわ!まさか私の愛美ちゃんをいぢめるため……?ああ!あの畜生を追い出して!このドラマにをあんな人間に汚されたくないわ!」

 モエコはどうやら三日月がこのドラマに、しかも実質主演で出ていることをすっかり忘れていたようだ。真理子が度々三日月の出ているドラマが面白いとこのドラマの話をしていたのを聞いていたはずなのに、重要な役に抜擢された喜びで三日月のことは記憶から飛んでしまったらしかった。ああ!最後の最後でこれかと私は再び頭を抱えたが、その時プロデューサーは冷静にモエコに向かって言ったのだ。

「何を言っているんだ。君は女優だろ?女優だったら三日月を演技でやっつければいいじゃないか。それをなんだい?追い出せだって?君は三日月エリカから逃げるのかい?三日月と戦うんだよ!君の演技力を武器にさ!」

 するとモエコは再び吠えた。

「三日月エリカからこの火山モエコが逃げるですって!そんな事モエコがするわけないじゃない!モエコ戦うわ!この女優としての演技力のすべてを使ってアイツをボコボコにしてやる!けちょんけちょんして私の前に土下座させてやるわ!」

 そのモエコの圧倒的な決意表明に私たちはおもわず感嘆のため息を漏らした。それからはモエコは取り憑かれたようにペンを持つと契約書に太字で『火山モエコ』とはっきり自分の名前を書いた。社長とプロデューサーは二人でモエコのサインを確認すると互いにニヤリと笑った。それから私たちははしばらく歓談したのだが、別れ際にモエコと私が挨拶をしてさろうとした時プロデューサーが突然私を呼び止めたのだ。彼はなにかいいにくそうな表情で言葉をいいあぐねていたようだったが、やがて決意したのか真顔になって私に言った。

「あの子はズブの素人だろ?まあ……一応忠告しとくけど誘惑に気をつけるように。この芸能界にはいろんな人間がいる。共演者を降板に追い込むアイドルとかな。芸能界はそんな連中の集まりだよ」






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