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「世界のオザワ」が遺してくれた最後のオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』

2024年3月23日、小澤征爾音楽塾のオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』を東京文化会館で鑑賞しました。小澤征爾氏が音楽監督を務めた最後のオペラです。
 

ロビーに設置された立看板(開演前)


開演に先立ち、献奏が行われました。曲はモーツァルト「ティヴェルティメント ニ長調 K.136 第2楽章」。おだやかな弦楽四重奏が心に染みました。
 
オーケストラの構成員は、小澤氏の下にオーディションを受けて集った若手音楽家(塾生)たち。献奏前の挨拶には、「(小澤氏が)私たちに光をくれた」という言葉がありました。塾生らにとって、氏は光そのもの(=神?)だったのかもしれませんね。

休憩時間中……献奏曲の情報も掲示されました

『コジ・ファン・トゥッテ』について

モーツァルト作曲『コジ・ファン・トゥッテ』(1789年、初演1790年)は、小澤氏が初めて指揮したオペラです。1969年のザルツブルク音楽祭で上演されました。

この時の経験が、オペラの面白さにのめり込むきっかけになったそうです。
それと同時に、一流の歌手や演出家と作品を作ることが、音楽家として学ぶ上で重要であると、身をもって知る機会になった、とも。後に、若者がトップレベルのオペラを体験する場を作りたいと考えるようになった、といいますから、「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」の原点は、『コジ・ファン・トゥッテ』だといえるでしょう。
とすれば、本作が最後の監督作品になったことに、因縁めいたものを感じてしまいます。

会場で配布されたチラシ類一式(左)
公演パンフレット(右)は今回小さめでした

小澤征爾氏 公演パンフレットより


「コジ・ファン・トゥッテ」は、イタリア語で「女はみんなこうしたもの」の意。ならば、「男はみんなこうしたもの」があってもいいのでは?と思いますが、芸術家も男性中心の時代でしたから、目をつぶるとしましょうか。
 
本作は、18世紀のイタリア・ナポリを舞台に、若い姉妹と恋人の士官らが繰り広げる恋愛喜劇です。
2人の青年士官は、老哲学者から女心を試そうと賭けを持ちかけられます。ひげを付けてオリエント風に変装し、姉妹(恋人ではない方)を誘惑。老哲学者と姉妹に仕える女中が狂言回しを務め、4人をそそのかし……。
キャストは6人。恋の駆け引きをコミカルに、時にアイロニカルに描き出します。

世界的演出家がもたらしたイマドキ感

小澤氏とコラボを重ねてきた演出家デイヴィッド・ニース氏は、メトロポリタン歌劇場で25年間主席演出家を務めた経歴の持ち主。

デイヴィッド・ニース氏 *


今回のニース氏の演出は、奇をてらったところは特になかったようです。
ただ、モーツァルトが生きた時代の物語であるものの、舞台上の登場人物は現代的なところがありました。キャラクターを私たちに近づけていたように思います。
 
例えば、姉妹が喋りながらりんごをそれぞれ手に取り、キャッチボールのように投げ交わした後、シャカッと音を立て、丸かじりするシーンがありました。実際にりんごを食べたのです!貴婦人のお堅いイメージを崩すアクティブな振舞いは、フレッシュで人間味がありました。
また、別人を装う士官2人が姉妹の前に初めて通される際、両腕を高く挙げ、体を軽く揺らして、踊りながら歩み寄り……。そのノリの良さが、クスッと小さな笑いを誘いました。
これらは今回ならではの演出でしょう。

こうした小さな工夫の積み重ねによって、キャストが今ここで役を生きているという印象を与えていたようにうかがえます。
私たちと同時代的感覚を持つ人物たちが、イキイキと舞台で動き回る。それが、演出のポイントだったのではないかと思われました。

一流のオペラ歌手が集結

キャストは皆、世界的オペラ歌手です。

とりわけ女中のデスピーナが光っていました
演じたのは、バルバラ・フリットリ氏(ソプラノ)「不世出のソプラノ」と評されるトップレベルの歌姫です!デビュー以来、ミラノ・スカラ座をはじめ、世界の主要な劇場で活躍、受賞歴も多いといいます。ヴェルディとモーツァルトを得意とし、今回の公演パンフレットによれば、「モーツァルトのもっとも優れた歌い手のひとり」として知られているそう。
 
ちなみに彼女は、毎日新聞(web)の連載「イタリア・オペラ名歌手カタログ」(2020~23年、全35回)でも取り上げられました。しかも初回で!オペラ評論家・香原斗志氏も、記事の中で、「不世出のソプラノ」と称しています。

バルバラ・フリットリ氏(ソプラノ)*

フリットリ氏は、歌はもちろんですが、演技力も磨いてきたことがうかがわれました!そう、オペラ歌手って役者でもあるんですよね~!

彼女が演じたデスピーナは、経験豊富で明るく頼りになるお姉さん、といったイメージ。女中とはいえ、どことなく品がありました。
例えば、デスピーナが座った椅子のひじ掛けに片脚を乗せ、ぶらぶらさせつつ、ホットチョコレートを飲むシーンがありました。お行儀が悪く、だらしないはずの格好でも、下卑た様にならずに、舞台全体の品格が保たれていました。
そして、なんといっても、そんなデスピーナの陽気でコミカルな仕草が、実にキュートでチャーミング!しかも自然な感じなのです。
私の隣に座ったご夫婦も、「デスピーナが一番いい!」と話していました。

レチタティーヴォの謎

このオペラは、多彩なアンサンブルが魅力といわれます。

それとは別に、私が気になったのは、「レチタティーヴォ」と呼ばれる、歌うような調子で会話する箇所でした。台詞と台詞の間に流れるシャリラリロン~♪という旋律が、前に観た『フィガロの結婚』(モーツァルト作曲)のそれと似かよっていたからです。モーツァルトのオペラの特徴なのでしょうか。その音は、ハープのように、弦をはじいて出した響きをもつようであり、古楽器の音色のようでもあり……。で、パンフを読んだところ、チェンバロが使われていたことがわかりました。

知識が増えて、嬉しいです!

「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」の思い出

私がオペラに目覚めたのは、2018年の冬です。
「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」は、19年3月『カルメン』から観続けてきました。
 
当初、『カルメン』は小澤氏が指揮するはずでした。ところが、直前に気管支炎を患い、別の方が務めることに。それでも氏は、病を押してカーテンコールに現われました。両腕をキャストらに引っ張られ、引きずられるようにして舞台上を移動していました。あたかも操り人形のように。足元がおぼつかず、自立していなかったのです。

20・21年はコロナで公演中止(延期)。小澤氏の年齢、体調を考えると、2年の空白は大き過ぎます。残念でなりません。

そして22年に入って、ようやく『こうもり』が披露されました。しかしながら、「指揮」に「小澤征爾」の文字はなくなりました。私が小澤氏の振るオペラを生で観ることは、かなわなくなったのです。

昨年『ラ・ボエーム』のカーテンコールでは、氏は車椅子に乗っていました。舞台に現われるやいなや、観客は次々立ち上がり、盛大な拍手を送りました。もちろん私もです。姿が見られるだけで嬉しい。誰もがそう思ったに違いありません。
 
最も印象に残った演目は、ヨハン・シュトラウス2世作曲の喜歌劇『こうもり』です。
演出はオリジナルでした。ところどころ日本語を交え、笑いを誘っていました。またイッセー尾形氏が、歌わない役で登場日本語でおかしみのある人物を演じました。引き込まれました。お笑いを見に来たんだっけ?と錯覚しそうになったほどです。まさに日本人のためのエンターテインメント!コロナで皆が息苦しさに耐えた後でしたから、より楽しんでもらえるものを、笑ってもらえるものを、と考えて作ってくれたのではないか。そう思ったことを覚えています。

2022年3月上演『こうもり』の立看板(東京文化会館)

『こうもり』といい『コジ・ファン・トゥッテ』といい、「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」の喜劇はとびきり素敵で、魅力に溢れていました! 

小澤さん、素晴らしい舞台をありがとうございました!!

*小澤征爾音楽塾HP「公演情報」より引用
https://ozawa-musicacademy.com/program(2024年4月7日閲覧)

 
……長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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