見出し画像

子どもの不登校で悩む父親・母親の皆さんへ。

我が家には、不登校の長男・次男と、行き渋りMAX発動中の長女の3人の子どもがいます。

長男は不登校を選んでから4年を経て、なんならベテランの風格すら漂わせ始めております。

ちなみに、学科の勉強はほぼゼロ、運動不足も甚だしく、楽しく笑顔で過ごす日々であります。


我が子の不登校に困惑した

自分の子どもが不登校になって、
色々と、悩みました。

悩んだというか、焦ったというか、
ただだだ、困りました。

どうしたら行ってくれるのか、
なぜ行けないのか、
勉強の遅れはどうしようか、
将来はどうなるのか、
あまり続くと余計に行けなくなるんじゃないか、
家に1人残しては行けないし仕事はどうしようか、
色々とぐるぐる考えました。

※ただ、後から気付けば、
1番困って苦しんでいたのは、子どもの方でした。

アレコレ試してダメだった

優しく説得を試みたり、
甘えるなと強めに言ってみたり、
将来の不安を煽って脅したり、
ご褒美をぶら下げてみたり、
アレコレ試しました。

※ただ、後から気付けば、
子どもは親が知らないそれまでの間もずっと頑張っていました。


そして我が子をどんどん追い詰めた

それでも自分の思うように行かなくて、
とにかく理由を問い詰めたりして、
余計に追い込むような事をしました。

思えば、当時の我が子は小学2年生で、
自分でも言語化できない気持ちだってあったと思います。

しかも目の前で問い詰める父親は、
望むような答えが得られずに、
どんどん厳しい剣幕になって口調もどんどんキツくなっていきます。

上手く言えないし、納得させられる理由でなかったら怒られるだろうと考えたら、怖くて余計に何も答えられなくなってしまう側面も当然あったでしょう。

ボクは、いよいよ追い詰められました。

※後から気付けば、
ボクは追い詰められていたのではなく、
自分勝手に我が子を追い詰めていただけ、
追い詰められていたのは子どもの方でした。


子どもの為に増した負担を妻にばかり背負わせた


家事育児は決して妻だけの仕事でも無ければ、
自分が無関心だったつもりもないけれど、
実際に時短勤務や転職をしたり仕事を辞めたり、
子どもに寄り添う為に色々と考えて、
子供や家庭の為に行動してくれたのは妻ばかりで
妻にばかり負担を背負わせてしまっていた。 

遠回りをして気付いた

沢山の失敗して、
愛する我が子を傷付けて、
周り道をしました。

今は分かるけれど、
当時のボクが心配したり考えていた事、
当時のボクが行っていた事、
それらの努力は、
子どもの為じゃありませんでした。

子どもの不安や悩みを知りたい、
取り除きたいと思ったのは嘘ではなくても、
問い詰める行動の背景にあったのは、
子どもの心を救うためではなく、
自分の不安を解消する為でした。

※本当に大切だったのは、親が感じる不安を解消する事じゃなく、子ども自身の気持ちや心の声を受け止めることでした。


子どもの不登校に対する転機

そんな中、色々と試しながら、
学校に行ったり休んだりしていた、
ある日の朝です。

車で学校まで送っていき、
半分泣きながらも、
辛そうに車を降りて(降ろされて)、
トボトボと校門に向かった我が子、
その後ろ姿を見た瞬間でした。

「・・・あっ・・・」

なんか急に胸がザワついて、
唐突に次のような事が頭に浮かび、
いえ、不安が胸を過りました。  

「この子が、もしも今日、帰って来なかったらどうしよう…」

「もしも、死んでしまったら?」

「この子に二度と会えなくなったら??」

ボクは、急に怖くなって、
その瞬間を境に、
次のように考えるようになりました。

「この子が生きていてくれたら、笑顔で過ごせていてくれるなら、それで良い。
果たして、生きて笑顔で居てくれる事よりも大事なことなんて、あるだろうか?」

変えるべきは、登校しない子どものマインドや態度ではなく、根拠のない古い固定観念や価値観に縛られていたボクの方でした。

子どもの心と向き合って泣いた

ようやく、子どもの目線に立って、
子どもが言葉に出来ていなかった、
心の声に耳を傾けたり、
心の傷の深さに気付いてあげられた。

親の目線、親の不安からの働きかけではなく、
親である自分の不安を解決する為ではなく、
子どもの心を救う為に向き合うようになれました。

それまでの自分の言動が、
どれだけ危ういモノだったのか、
ただでさえ苦しんでいた我が子に、
どれだけ追い討ちを掛けてしまっていたのか、
それを知って泣きました。

不登校に対する考え方の変化

不登校の事情や原因、状況というものは人それぞれなので、不登校で悩んだり苦しまれている他の方にも言えるかどうかは分かりませんが、ボクはそれから気持ちが変わりました。

そこからの気持ちや姿勢の変化は、
本当にあっという間でした。

その時の決意的なモノを当時のFacebookに書いていたので、それをnoteに転記したのがこちらです。


また、当時は、全国にどれくらいの不登校の児童・生徒がいるのか(※参考:2021年10月文部科学省発表「令和2年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査)も知らなかったし、日本国家(文科省)の不登校に対する認識や取り組みに関する現状(教育機会確保法)も知りませんでしたし、現代の公教育の在り方に対する疑問や課題感も今ほど持っていなかったと思います。

ただ、我が子が不登校になってから、「不登校になる原因」については当人の特性が要因である事もゼロとは言いませんが、「不登校が増えている事を問題とする場合の原因」については、子ども達の責任ではなく、同調圧力や同質性の高さゆえに子どもの多様性に対応できていない現代の学校教育の体制だったり、それらを含めた社会構造の責任だと思うようになりました。

子どもや家庭の問題ではなく、学校教育のあり方や社会構造の問題

違う言い方をするなら、父親や母親である皆さんの育て方や躾け方が悪かったのだろうかと悩んだり、皆さんが必要以上に自分を責める必要も無いとも思っています。

我が子の不登校で苦しんでいるお母さん、お父さん、まずは、お子さんを否定しないであげてください。
そして、何より親としての自分も否定しないであけてください。

不登校が今の社会で「問題」と考えられている本質的な原因は、不登校が増えている背景、学校教育や社会構造といったシステムにあるとボクは考えるようになりました。

例えば、学校に行かないと将来苦労するというレール意識もそうですが、何よりも、性別や学年や障害のあるなしで区別して切り分けて、皆んなと同じ事を同じ方法で同じペースで出来ないと否定されるような同質性の高い教育環境や評価制度はどうなんだろう、と。


また、不登校の理由は色々あるので、必ずしも皆がそうではないけど、ボクが自身の体験から感じた事は、不登校の子どもを持った親の心の変化として、次のような事が言えるんじゃないかな、ということ。



不登校を受け入れてからの現在


そして、ボクが子どもの不登校を受け入れられるようになってから、4年が経ちました。

子どもは未だに不登校ままで、学校の授業で教わるような勉強も何もしていませんし、ゲームとYouTube三昧の日々を過ごしています。

でも、とても優しく、語彙力も豊富で相手の気持ちを思いやる事も出来る、素晴らしい子に育っています。

言葉や世間の事も、分からない事は多いかも知れないけど、気になった事は聞いてくるし、調べるしか、親としては何の不安も感じずに過ごせています。

じゃあ、
今は不安な気持ちはないのか?
将来の事はどう思っているのか?
下に2人の弟と妹がいるのですが、
兄が不登校である影響は?

不登校のお子さんの下に兄弟がいる場合、
下の子への影響も気になるかと思いますので、
我が家の現状と気持ちについても、
詳しくはこちらに書いていますので、
宜しければ見ていただけたらと思います。


最後に、不登校で悩む父親や母親の皆さんへ。


まだ、不安で暗い気持ちでいるお父さんやお母さん、今日までも色々と悩み、お子さんの将来を想って努力をされてきた事と思います。

そして、不登校そのモノへの抵抗感、特に「学校は行くのが当然で普通で不登校は恥ずかしい問題」という固定観念で苦しんでおられる親御さんがいましたら、是非、一度、次の事を意識しながら、お子さんの声に耳を傾け、今日までの日々を振り返ってみて頂けたらと思います。

「心配する親の目線」ではなく、「不登校になる程にシンドい状態の子どもの目線」で、親が掛けた言葉や態度を見つめてみる。

from ナツキのパパ


お子さんの声、表情、言葉にならない気持ちに寄り添って、想像して、共感してあげてください。

ご皆様の自宅、ご家庭を、お子さんにとって最も安心できる場所にして、まずは「自分は悪い子でもダメな子でもないんだ」という気持ちにしてあげてください。

そして、どうしたいか、どうしていくのが良いか、これからの事は、お子さんの気持ちを聞きながら「一緒に」考えていきましょう。

不登校ではなく、不登校に苦しむお子さんやご両親の悩みが、1日でも早く解決する事を心からお祈り致します。

2022.5.20

------------------------------
※追記(2023.3.25)
弊長男が、再登校することなく小学校の卒業式を迎えました。



※ボクが自身の経験から不登校に対して思う事を、以下のマガジンにまとめていますので、もし宜しければフォローのうえ他の記事もご覧頂けたら幸いです。


過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。