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暗闇のように感じた突然の不登校でボクがすべきだったこと。

自分の子どもが学校に行けなくなって、
ある日から突然「不登校」というものが、
自分ゴト化した。

そしたら、
急に出口が見えない暗闇に包まれた様で、
不安や焦りに襲われた。

でも、見えないだけで、
地面は繋がってるし、
出口も絶対にあるから、
あんなに焦らなくても良かったんだよね。

もちろん行き先が見えなくて、
不安になったり、
色々と悩んだりもした。

知らない場所に繋がった道、
知らない景色に囲まれた生活、
知らない世界に紛れ込んだ感覚。

望んでもないのに乗せられたレールで、
停車駅も終着駅も分からないまま、
心の準備も出来てないのに走り出す列車。

切符に書かれた文字は、
どうやら知らない言語で書かれているようで、
必死に読み解こうとするけれど読めなくて、
気持ちばかりが焦って、
切符を握らされた拳も、
気付けばギュウと力一杯に強く握りしめてた。

そんな時に聞こえてくるのは、
育て方が悪いんじゃないのか、
甘やかし過ぎなんじゃないのか、
このままでこれから先はどうするのか、
自分を責め立てる不安と焦燥の声。


でも、きっと本当に大事だったことは、
とにかく1人で必死に出口を探したり、
早く出る為に自分が走り回る事じゃなくて、
勇気を出して行けない事を伝えてきた我が子に、
その声に耳を傾けること。
そして大丈夫だよと声を掛けてあげること。

硬く握りしめたその拳の力を抜いて、
不安になってる子どもの手を握ること、
子どもと手を繋いであげること、
そういった事だったんじゃないかなと思う。

自分も不安だったけれど、
子どもはそんなボクを見て、
もっと不安だったかも知れない。

だからまずは安心させて、
楽しい想像や、色んな話をしながら、
ゆっくり歩きだせば良かったのかなって。

そしたらきっと、
最初に思ってた場所や形とは違っても、
もしかしたら思いもよらなかったような、
予想もしてなかった出口が見つかると思うんだ。


お子さんの不登校で困惑されているお父さんやお母さんへ

もしも今、お子さんが不登校気味で、または不登校になった事で悩まれてたり苦しまれている最中の方がいましたら、参考になるかは分かりませんが、読んで頂けたらと思います。


不登校は親の責任?

父親や母親である皆さんの「育て方」や「躾け方」が悪かったのだろうかと悩んだり、親の資格がないと自分を責められている方を見かける事も多いのですが、ボクは必要以上に自分を責める必要も無いとも思っています。

不登校か今の社会で「問題」と考えられている本質的な原因は、社会システムにあるという考え方もするようになりました。


不登校の親として思うこと

ボクが自身の経験から不登校に対して思う事を、以下のマガジンにまとめていますので、もし宜しければフォローのうえ他の記事もご覧頂けたら幸いです。


過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。