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留学中の想い出。〜最後の自炊

留学中は自炊が多かった。
Brexitで円高になっていたとはいえ、ロンドンは外食が高い。日本のように1000円以下で食べられるファミリーレストランなどない。その上、美味しくない。よく渡英経験のある日本人が「イギリスの食事はまずい」と言うけれど、本当だったりする。実際は、まずいと言うより「単調でつまらない」と言った方が正しいかもしれないが。
だから、自炊という選択肢は必然的だった。

そうとはいえ、留学している身だから料理する時間も限られているし、料理道具も不十分だから、主婦のような手の凝った料理はできない。味噌汁や煮物を作りたいと思っても、現地で売られているだしや味噌は高いし、それなら現地で安く気軽にできるものを作りたいと考えた。そんな自分がよく作ったのは、スープだった。

野菜を炒め、グツグツ煮て、最後に塩で味付け。味も手順もシンプル。それでも野菜を沢山に摂れるし、身体が温まる。冬が長いヨーロッパにはもってこいの料理だった。

急な帰国に伴い、手元にある食料の消費をしなければならなかった。その時残っていたのが、キャベツと玉ねぎ一玉ずつとニンニクのかけら。思い切って全てスープの具材にして消費しちゃおうと決めた。

食べやすい大きさに切って、ニンニク、玉ねぎ、キャベツの順に炒めていく。一玉のキャベツを一気に炒める訳だから、かさが凄かったけれど炒めまくれば気にならなくなる。思いっきりジュージューと炒めた。
当時、イギリスは毎日のように政府の方針が変わっていた。そんな中、1週間で帰国するための手続きをこなした。だから頭の中は不安と恐怖と心配と疲労しかなかった。料理はその「気休め」だった。
具材が自分のようにクタクタになったのを見計らい、水を注いで煮込む。蓋はアルミホイル。というのも、キッチンが共用のせいか、気がついたら鍋の蓋が盗まれてしまっていたのだ。でも一年弱なら耐えられるだろうとアルミホイルで頑張った。結局は半年強だったけれど。

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沸騰したら、弱火にして少しずつ塩を入れていく。シンプルなスープには塩加減が命。いきなり必要な塩を全て入れるのではなく複数回に分けて入れるのが自分流。スープは煮込めば煮込むほど野菜の味が出てくるから、それを大切にしたいのだ。キャベツと玉ねぎの甘い匂いがしてくる。
煮込んでいる間、色んなことを思い出した。

寮の手続きが大変だったこと。空港から地下鉄に乗って寮に向かった時、途中降りた駅でお兄さんが『ボヘミアンラプソディ』を弾き語りしていたこと。初めて現地で英語を使ったときのこと。スコットランドに一人旅したこと...。

まさか半年で終わるとは思わなかったし、まさか急に帰って来いと言われるとは信じられなかったから、自分の留学に対して凄く悲観的になっていた。だけど、スープを煮込む時間は留学を「良い思い出」として見つめ直す時間になれた。

最後にローズマリーを振りかける。寮の仲良しな友人から借りた。スパイスは、日本の出汁代わり。だからno spice no life。こっちに来てスパイスの重要性を知った。

そして完成。

あつあつのままよそい、口に運ぶ。とろとろのキャベツと玉ねぎは甘い。そしてローズマリーのオトナな香りがアクセントになる。あったかい。おいしい。涙が出そうになった。
どうして帰らなきゃいけないんだろう?どうしてひとりですべてやらないといけないんだろう?というモヤモヤを溶かしてくれた。悲しいけどがんばるしかない。まずは安全に帰ることだと奮起させてくれた。

よく、「料理は思いを込めて作りなさい。」と言われている。本当にそうだと思う。料理に思いを込めることは、料理に命を吹き込むことと同じだ。だからたとえシンプルな料理でも、思いが込もっていたら味が変わる。料理が「生きる」。

わたしのスープはすごく簡単だし、味噌汁と比べたら味が物足りなかったりする。でも、この辛い状況と「最後の自炊」という思いがスープを変えてくれた。

怒涛の中、想い出に残るスープを飲むことがわたしの回復時間だった。



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