のみのきおく
記憶の定着がよくないのか、はたまた忘れっぽいのか、いろいろなことがすぐ抜けてしまい、覚えていられない。
特に、あのとき何をした、どんなところに行った、それはどういうところだった、などなど、そんなことは覚えていられない。
もちろん覚えていることもあるし、あのときああだったよね、なんてこと話すことだって、まったくできないわけではない。
ただ、総じて、記憶力が悪い。
飲みの席での会話も、しばらくは覚えているけれど、ある程度したら忘れてしまう。あのときあんな話しをした、だなんて、よく覚えていられるものだ、と私はかえって感心してしまう。
そんな私だけれど、こりもなく付き合ってくれる友人もいる。
今日はそんな友人と飲んでいた。
「あのときさーー」
なんていう話しをしながら、さっそく「何のことだっけ?」と思い起こしながら聞いていると、
「もう、また忘れたのー。この前飲んだときのことだよ」
呆れつつも下手に怒ることもないその顔を見ながら、はて、と考えてみるが、なかなかつながらない。
「ごめんごめん『のみのきおく』だとなかなかねぇ」
その言葉に友人が「ぷっ」と吹き出しながら笑う。そうしてビールをグビグビ飲むと、
「本当、言い得て妙だね。ぴったしじゃん」
まさしくそう、と、ぱっとわからないことを言ってくる。
のみのきおく、がなんでだろう、と思案していたが、はっと、気づいて思わず私も笑ってしまう。
「ちょっと! 勘違いしてるでしょう」
私は手を振りながら、左手でビールジョッキを持ち、飲んだ後に、指をさす。
「私が言ったのはこっちだからね。あれでしょう、思ったのはこれでしょう」
と、親指と人差し指をほとんどくっつけるようにして片目を瞑り、目を細める。十分に伝わったようで、
「そうそう、それ。蚤のことでしょ? 蚤の記憶、まさしくでしょう」
私は、あー、と言いながらも、そうだなぁ、なんて納得してしまい、ふたりで笑い合ってしまった。
そうして私の記憶力は、蚤のように小さなものだと、改めて実感してしまったのであった。