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無駄な動き

「ほら、またあっちへ行ってこっちへ行って、何をしたいの?」

 娘にきつく言われながらも、うーん、とのんびり構えてしまう私の動きにスイッチが入り、私が答える前に「もういい!」と先に帰ろうとする娘を目だけで追って、うーん、とまだ考える。

 うーん、たしかに、あっちへ行って、こっちへ行って、はたまた戻って、巡って、無駄な動きが多いのかしらねぇ。

 なんてことを思いながらも、それが嫌か、意味がないか、と言われると、そうとも思わない。

 たぶん、娘はもう家に向かっているだろう。何事もスパッと決めたい、動きたい子だもの。私とはまるで違う。それがよいことか、そうでないか、は別として。

 私からすれば、もっとゆっくり構えてもいいのになぁ
、なんてことも思うけれど、娘からしたら違うのであろう。それは仕方のないことだ。私と娘は、違う存在だから。

 無駄なこと、無駄な動き、かぁ。

 無駄なんて思ってなかったから、改めて考えるとわからなくなるなぁ。

 うーん、と考えながら、店の中をぐるぐると回り、あれこれ見つめながら、はっとしてまた戻る。

 こうした一連の流れが、私にとっては心地よく、最終的にはすっきりとしたものになる。必要な時間をかけて、必要なものを揃えて、準備としてはまずまず。

 臨機にその場で即断し、対応し、その都度修正する。
 
 そんなことができるなら、たしかに私の動きなんて無駄なのかもしれない。

 けれど、私にはそんなことできない。できないし、できないからこそ、事前に準備をしていたい。

 そうした土台の中で、臨機に対応するくらいならできるかな。

 はたから見たら無駄なのかもしれないけれど、私からしたら、そうした無駄な動きから流れを決められるから、結局いいかなぁ。なんてことを思う。

 それでも、娘にそんなことも言えず、帰ったらどうしようかなぁ、とのんびり思いながら、はっとして別の売り場へ向かった。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。