見出し画像

【ショートショート】『隣の...』

ドンドンドンドン!
家の玄関を激しく叩く音がする。
そして外から、どこか聞き覚えのあるガナリ声が聞こえてきた。
「ちょっと、奥さんいるんでしょ?台所の煙突から、煙出てるの見えてるよ!」
まさか、こんな事になるとは..
夕食が並ぶテーブルの隣に、うつ伏せの状態で横たわり、微動だにしない夫の姿を見下ろして、私は動けないまま、その場に立ち尽くしていた。

人って、こんなに簡単に死んでしまうものなんだ...
..................................... 

夫の様子がおかしくなってきたのは、お互いが26歳の時に結婚して3年程経った頃だった。

私たち夫婦は、夫の身体的な原因で子供が出来なかった。
病院の診断でその事を知った夫はその日の晩、私に泣いて謝った。
だが、夫には言わなかったが、本当のところ私は特に子供が欲しいとは思っていなかった。
ただ、夫と二人で楽しく暮らしていければ良いと、それだけ考えていた。
しかし、夫の親や親戚は旧時代の日本人的な考えの人達で、顔を合せる度、私達に『子供はどうだ?』だの『早く孫が見たい』だの圧力をかけてきた。

「気にしないでね」と言う私の言葉も虚しく、夫は目に見えておかしくなっていき、二人で夕食を食べている途中、突然ポロポロと涙を流して
「俺のせいで、本当にごめん」
と私に土下座をしたりするようになった。

そして、この日もそうだった。

「本当に、申し訳無いと思ってる..ごめん」
土下座しながら謝る夫に、私は優しく声を掛けた。
「そんなの、わざとじゃないんだから、仕方が無い事なのよ。あなたのせいじゃないんだから」

だが、夫は私の声が聞こえていないかの様に突然立ち上がり、私にゆっくり近寄ってきた..
「ど、どうしたの?」
私の問いには答えず、夫はいきなり私の首に手をかけた!

思いもかけない力強さだった!

私は必死で抵抗した!
「ちょ、ちょっと、やめて..く、苦しい」
だが、夫は力を弱めなかった!
私は首を絞められながら、必死で這いつくばり、近くに置いてある花瓶を手に取って、夫の頭に振り下ろした!
ガシャン!
「ギャーーーッ」
花瓶が割れる大きな音と共に、夫の叫び声が響いた!
夫は私の首から手を離し、その場に倒れ込んだ。

倒れた夫は動かなかった。

私は呆然と夫を見ながら立ち上がった..

その直後だった!

 ドンドンドンドン
家の玄関を激しく叩く音がする!
そして外から、どこか聞き覚えのある感じの、がなり声が聞こえてきた!

「ちょっと、奥さんいるんでしょ?台所の煙突から、煙出てるの見えてるよ!」

夫の叫び声を聞いた人が駆けつけたのだろうか?

とんでもない事になってしまった..

倒れている夫を呆然と見ながら、私は自分が犯した罪を認識し、玄関に向かって歩き出した。

そして覚悟を決め、ゆっくり玄関を開けた..

その私の目に、見覚えのある人物が飛び込んできた!

男が、がなりたてる!
「ちょっと、奥さん、何回もノックしてんのに聞こえなかったの?インターホン壊れてるでしょ、あれ」


こ、この人..誰だっけ..


「奥さん、私の事わかる?私、ヨナスケ。今日、カメラも一緒に来てるから」
男の後ろから、ヒョコッとカメラマンと音声さんが現れた。
そして、呆然としている私には全く構わず、男はダミ声で勢いよく続ける。
「今日は【ヨナスケの突撃!隣の晩ごはん】で来たの!今、ご飯食べてるでしょ?ちょっと、上がらせてもらうから」
「い、い、いや、い、今、ちょちょ、ちょっと、こ、こ、こ、困ります!」

私の必死の制止を振り切り、男は無理矢理、カメラマン、音声さんと共に、家に上がり込んでいった。

私の人生終わりだ..

朦朧としている私の頭に、食卓から、男のがなり声が聞こえてきた。

「おい!ちょっと、アンタ、大丈夫?..どうしたの、こんな所に寝て..ちょっと、おい!起きなよ、ほら...まさか死んでるの?
ええ?
おい!目あけてよ、アンタ!..
おい!...ちょっと~
お~い!..ほら、寝てる場合じゃないんだよ! もうカメラ回ってるんだから..ちょっと、いい加減にしなよ..テレビが来てんだよ!おい!

なんだよ、生きてるじゃんかよ。
紛らわしいんだよ、アンタ、ちょっとさあ、こんな所に寝てんじゃないよ。
私の事わかる?
私、ヨナスケ。今日は【隣の晩ごはん】で来たの...」

............
............


それから3年。
ヨナスケに救われた夫と私は、今も二人で幸せに暮らしている。
この一件以来、頭を強く打った事が吉と出たのか、夫は人が変わった様に明るくなり、親や親戚に何を言われても
「そんな事、あんた達に言われる筋合いはないんだよ!」
と毅然とした態度を取る様になった。

そして、信じられないことに、私はお腹に新しい命を授かった!

私は、時々、この時の事を振り返ってこう考える。
あれは、イビられても耐え続ける夫を不憫に思った神様がヨナスケを遣わしてくれたのではないかと..

どうでしょうか?

信じるか、信じないかはアナタの自由です!

【完】

監督.脚本/ミックジャギー/出演. 私.村之町子、夫役. えなりかずお、ヨネスケ役. 桂ヨナスケ

サポートされたいなぁ..