「女の園の星を読んで。2年F組 〇〇田 ✕△子」

陸上部の練習が終わると、私たちはそれまでランニングコースだった鴨川にとどまった。
そこでジャージのまま、5人、もたれ合って音楽を聴いた。

あの頃を彩るナンバーは、
小沢健二、THE BLUE HEARTS、B’z、THE YELLOW MONKEY、スピッツ…。

一曲終わるごとに誰かが
「詩人やなあ…」と嘆息し、
みんな、足を打ち鳴らしたり、噛んでいるガムを吐き出したりして同意のポーズとした。

鴨川沿いに等間隔に並んで座っているカップルを視線だけで冷やかしながら、自分たちも数年後には同じ所業に及ぶことを予感していた気がする。

一通りのじゃれ合いに飽きて空腹を覚えたら、寺町通りのケンタッキーでコールスローとコーラとビスケットとクリスピーを食べて、解散する。

毎日が、そんな、ぬるくて完璧な日々の連続だった。

陸上部内で可愛いと評判のミマゴンにだけ彼氏がいたけど、恋人というのがまだ空想の産物でしかなかった残りの4人は、リアルな恋バナを聞いてもピンときておらず、ひたすら憧れの眼差しでミマゴンを賛美し、大学に行ったら私たちも恋をしなくっちゃあなどと言ってみるのだった。

私は、と言えば、毎朝電車のなかで見かける好青年に仄かな憧れを抱いたり、自分は独身の社会科の先生に恋をしているんだという設定にしてみたりして恋に恋するお花畑ライフを満喫していた。

剝き出しの感情とは最も遠い季節に、私たちは居た。

若いから、繊細でエモーショナルで…っていうのは嘘だ。

私たちは、若く、愚かで、自分の感情も他人の感情も湯水のように浪費した。

ものすごい蕩尽
ものすごい浪費

なんと表現したらいいのか分からないけれど、他人の感情に振り回されるなんて馬鹿だと心底思っていたのは確か。

不遜で美しい獣たち。
閉じられた楽園での暮らしが永遠に終わらないと信じていた。

いくら食べても贅肉のつかない身体や、学べば学ぶほど知識が増えてゆく頭を持つ時期に、謙虚になれというほうがおかしいのだ。

経済的な自由のないことが、私たちの結束をより強固なものにしていた。

外交手段として、色のきれいな菓子の交換やピンクの紙に書かれた手紙の回し読みが用いられた。


ラブリー。

ロッカーのなかには、漫画と、シーブリーズと、消費しきれないくらいの時間がパンパンに詰まっていた。

グミを食べながらダイエットの話したり、学校にピザの宅配頼む馬鹿がいても、大丈夫だった。なんだかんだで、全て許容されていた。

先生も「化粧はダメだけど、他人様のために眉毛だけは書いてネ」なんていうもんだから、結局放課後のトイレは化粧する上級生で混雑しちゃうんだ。

私?
私は化粧とかそういうのは免除。
運動部でばりばりにやってたからね。
女子高のプリンスとまではいかないけど、騎士団のうちのひとり、くらいのポジションだった。
ヅカっぽい、書割りの世界の住人だったから。

そういえば、英語科にすっごいパンチパーマの先生がいて、誰かが一回尾行しようよって言いだして、先生の帰路をぞろぞろ3人くらいで付いてっちゃったことがあった。
クスクス笑いでとっくにばれてたらしいけど、ちょうど、先生、髪の毛整える日だったみたいで、理容室に入っていたんだよね。
出てきた先生を捕まえて、理容院のおじさんに話をつけてもらってさ。
「先生のパンチパーマはどうやって作るんですか?」
って聞いたら、
「これはパンチパーマちゃう。アイパーや。」って。
アイパーって何?
未だに謎なんですけど。
先生はちょっと怒ってたけど、ちょっと笑ってた。
「仕方ない人たちですねえ」ってごはんもごちそうしてくれて。
なんか気味の悪い店だったけど。
馬馬虎虎 まーまーふーふーっていうおもしろいなまえだったな。
先生はいつもそこで炒飯を食べるんだって。
「結婚しないの?」
って誰かがきいて
「あなたがたをまともな大人にするために婚期を逃したんですよ」
って先生が言って、みんなで爆笑した。

先生、元気かな。

クリスマスは、毎年、本当に大変だった。

キリストの生誕劇の役割決めをするんだけど、9月くらいから準備するの。
マリア役は高3の中からいちばん聖女っぽい子、ヨセフも同じく高3でいちばん背が高いイケメンを。ガブリエルは中等部のアイドルって不文律で決まってたんだけど、最後は投票だから、みんなロビー活動に必死で。
本番の夜講演は学外の男子も入れていいことになってたから、気合の入り方も半端なさ過ぎて、却って失敗したり。
私は、特等席で見られるから、毎年裏方やってた。
でっかいパイプオルガンの後ろから、ペンライトでみんなに讃美歌をうたうタイミングを知らせるんだけど、いつもふざけてばっかのみんなの顔が、照明で生真面目に光ってるのが、すごく可笑しくて幸福だった。

不思議と、あの頃、家のことは記憶に残っていない。

嫌な事とかもちろん吐くほどあったに違いないのに、忘れてる。

私の人生で、あんなに美しかった時期は、多分、もうないから、知れて良かった。本当に。

どんなにくだらなくて、愚かで、無意味で、無価値でも、あの思い出を批評して断罪して汚すことは誰にも出来ない。

そのことが、今の私を生かしているんだなって思う。

ほら、こんなダサい、分かったような締めくくり方を、あの子たちが柱の陰から同情混じりに笑ってる声も、ちゃんと聞こえるんだけれどね。





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