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「こどもと農業体験 20××年」ショートショート

「パパー、お野菜ってこうやって作るんだね!」
「ああ、そうだよ。こうやって種を植えて、世話をしてやんだ」

そういって子供はスコップで土を掘り起こし、野菜のためを埋める。
そして、ジョウロで水をやる。

自然豊かな田畑。

実は、ここは仮想空間だ。
都心部にはもう本当の意味での自然は残っていない。
また21世紀初頭に流行した感染症の影響で、
外出せずに済ます文化とテクノロジーが発展した。

そのせいで生活圏と自然の距離は、物理的にも心理的にも離れた。
とはいえ、自然と触れ合うことは情操教育上、必要といわれる。

息子に何一つ自然について触れさせないのも、なにか申し訳ないし、
それによって人間にとって大切ななにかが育たないのでは、という危機感もある。

そんな中、バーチャルで自然に触れられるサービスが出来上がった。

技術革新で仮想空間で、現実さながらの体験と体感を得ることはもう十分に可能になっていた。
そこで、自然とのふれあい、体験させるのだ。

そして、このサービスのウリは、バーチャル空間での操作が
遠隔の現実世界でキチンと影響を及ぼす、ということだ。

仮想空間で作物を育てるだけならば、ゲームとかわらない。
しかし、ここで行った行動が、遠く離れた田畑のシステムと連動するようになっている。
水をやれば、現実世界の作物にも水が与えられられるというわけだ。

そして、きちんと収穫できると、作物が送られてくる。
子供たちはそれをたべることで、自然や野菜作りを体験できるというわけだ。

こういったことをバーチャルで行うことはどうなのかと思うかもしれないが、
正直、こういったサービスは助かる。

休日にわざわざ郊外へと出かけて、土に汚れることをしなければいけないのだ。
それに自分が子供でも、こういってインスタントにやれば楽しんでくれるが、
時間をかけ、なれない土いじりをさせたらきっと不機嫌になるだろう。

そして、このサービスではちゃんと育つようにフォローアップしてくれるが、
本当の自然だったら、天候不良でうまくいくかもわからない。

そういった意味で、いまらしい、サービスだ。

これが自然かといわれるとホンモノではないだろうが、
ないよりも、あるだけマシだ。

ちょっとでも、自然のことがわかれば、十分だろう。

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バーチャル空間での操作に応じて、工場が稼働する。
透明なガラス張りエリアに整然と並べられたラックで、野菜が育てられていた。
野菜は太陽光ではなく、特殊LEDランプにより照らされて、日射量が調整されていた。

ここに土はなく、かわりに無菌のスポンジが用いられ、作物が根を張っている。
張り巡らされたチューブにより、適正な水分が供給されている。
この量が、サービス利用者の挙動とリンクしているのだ。

現代において、農業は土や太陽と無縁になっていた。
工場内で、工業製品さながらに管理され、文字通り「生産」されている。

その一つのエリアが、バーチャル農作物体験に使われていたのだ。
思いのほか好調で、もう一画、エリアが増やされるらしい。

そもそもが 野菜作りや農業 は自然とは縁遠いものだ。
ありのままが自然というならば、田畑や農作物は真逆の人工物。
そこにコントロールできない自然現象が割り込むため、自然と紛らわしいが、
いまでは完全にコントロール下に置くことが出来た。

それをわざわざ、不確実に行う意味はない。
せめて本当に自然と向き合うのならば、多少意味は分かるが、

バーチャル空間で土いじりをわざわざした結果、工場の機器を動かす、というのは、なんとも滑稽なサービス。


一応、責任者として、名ばかりの監視をする男は、画一的に動く工場内で、若干ブレてうごくエリアをみながらそう思った。


最後まで読んでくれて thank you !です。感想つきでシェアをして頂けたら一番嬉しいです。Nazy